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HOME > 特集 > 中央区都市観光編 > 中央区の地域コミュニティ・京橋地域連合会
 
 
 阪神大震災の教訓や連日世間を賑わす様々な事件の発生により、近隣同士が互いに支え合う地域コミュニティの必要性が改めて見直されています。現在、中央区には173の町会・自治会があり、それぞれの特性を活かしながら、様々な活動を展開しています。さらに近隣の町会同士が町会連合をつくることで連携し、その上にそれぞれ京橋地域連合会、日本橋地域連合会、月島地域連合会といった地域連合会を作ることで、町会と町会をつなぐ「大きな輪」の役割を果たしています。

大切な町会地域連合の役割

 町会は、祭礼や冠婚葬祭時の相互扶助など、地域住民が自主的に運営する地域共同体であると同時に、地域住民と中央区の行政をつなぐ大切な役割も果たしています。特に、危機管理や防災などの際には、大きな力を発揮すると同時に、リサイクル問題や青少年の教育問題など現代社会を悩ます様々な課題にも有効に機能していきます。
 2001年9月現在、中央区には143の町会と30の団地・マンション等の自治会があります。その連携と機能強化を図るため、一丁目・二丁目という形で同町名を冠する、あるいは近接する町会同士がそれぞれ、町会連合を組織し、さらにそれをまとめる形で、中央区では京橋地域連合会が8つの町会連合会、日本橋地域連合会が7つの町会連合会、月島地域連合会が4つの町会連合会を包括しています。
 中央区ならではの特性として、区内に本社を構える企業が町会に参加する事例も増えています。お祭りの際に、背広姿企業の方と浴衣姿の町内の方がお酒を飲みながら談笑する姿には微笑ましいものがあります。
中央区の町会連合のはじまり
 こうした町会の区割りを最初に決めたのは、徳川家康と言われています。天正18 (1590) 年、江戸に入国した徳川家康は、中央集権都市としての機能を有効に発揮させるために、現在皇居になっている江戸城を中心に、武家地、寺社地、商業地、住宅地が明確に区分けされた、江戸の町並みを形成しました。この結果、長屋や街道の商店で袖を触れ合うようにして暮らす町人同士には、強烈な仲間意識が生まれました。ある意味ではこれが、日本で初めての地域コミュニティが確立された瞬間かもしれません。
 そうした町会としての組織力は、大正12 (1923) 年の関東大震災の復旧時に、大きな力を発揮します。震災後の復興に住民同士が手を取り合い、自治再建のための組織を結成することで、住民達は困難を乗り越えていったのです。現在の日本橋地域・京橋地域の町会の半数以上が、この時に結成されたと言われています。
 第二次世界大戦時に町会は、市町村の下部組織として防空・防火・配給などの役割を果たしますが、昭和25年になると、住民が自主的に組織・運営する民主的な組織へと再編成されていきました。中央区でも、昭和27年から昭和28年にかけて、ほぼ全域で現在のような町会が再建されたと言われます。
 
INTERVIEW  京橋地域連合会会長 高野辰明様
中央区の地域コミュニティを考えていく試みの第一弾として、高野辰明京橋地域連合会会長にお話を伺い、京橋地域の魅力と地域コミュニティの役割を探ってみました。
 
京橋地域連合の活動
 京橋地域連合は、7つの連合町会を抱えていますが、各連合町会が主催の納涼盆踊り大会を開いたり、また、連合町会の中の一町会が独自のサマーフェスティバルを開いたりと、その活動は盛んです。地域連合としては、大江戸まつり盆おどり大会や東京湾花火大会などの主立った行事の際に、中央区や警察、消防関係の方々と事前協議を行って安全な運営を確保したり、赤い羽根などの募金への協賛や防災避難訓練、旅行会や運動会、ラジオ体操の企画などを行っています。また、防犯の意味で、青年部による夜警や見回りなども積極的に行っています。中央区は、最近、マンションが増えて、住民の数は急激に増加しています。区も住み良い町づくりを目指し、住民のための施設を充実させていますので、地域連合としても積極的に住み良い町づくりに貢献していきたいと思います。
京橋地域の魅力とはどのようなものですか?
 京橋地域には、歌舞伎座のある銀座を始め、八重洲、京橋、宝、新富、入船、湊、明石、築地、新川と、江戸情緒を今に伝える魅力ある町の町会が名を連ねています。「着物でも草履でも、100年以上の伝統がある店が何軒もあり、互いに競争しますから、良い物が集まり、それを安く手に入れることができるのです。また、銀座では最近、海外ブランドの店が増え、世界各国の素晴らしい品をウィンドショッピングすることもできます。しかも、パリやロンドンよりも早く、それらのブランドの新製品展示会が行われるのです。こういった店の経営者は外国人の方が多いのですが、町に早く融け込もうと、町会に参加されるケースも増えています。このように江戸情緒と国際都市の魅力が同居しているのが京橋地域の最大魅力だと思います。
 
「銀座アキュイユ」についてお聞かせ下さい
 安心して街を見て楽しみ、おいしいものを召し上がれ、楽しむことのできる、京橋地域に是非とも世界中の皆さんが目を向けてほしいです。そして、一番の話題はやはり、大銀座祭の復活だと思います。手作りの町づくりを目指して、自分達の手で準備しています。」私も全銀座催事「銀座アキュイユ」の実行副委員長をお手伝いしています。私のいる京橋四之部連合町会の他にも、京橋二之部連合町会、京橋三之部連合町会が、復活する銀座祭の実行委員会に名を連ねています。「アキュイユ(ACCUEILLE)」は、フランス語で「歓迎する・もてなす」という意味です。どんなに時代が変わっても決して失うことのないおもてなしの心を広く内外に示し、その情熱をアピールするお祭りで、2001年の10月20日から28日に渡って開催されます。開催初日には音と光のパレードに代わる銀座アキュイユパレードが行われる他、期間を通して町全体が花で飾られ、様々なイベントやディスプレイで、世界中におもてなしの心を示していきます。どうぞ皆様で是非お越し下さい。

2001年9月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  
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