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今月の顔-2004.6 バックナンバーはこちら
西川産業株式会社会長 西川甚五郎
今回の「今月の顔」は、高級果物の老舗として愛され続ける株式会社千疋屋総本店六代目社長の大島博さんです。天保5(1834)年、江戸庶民の店「水ぐわし安うり処」から始まり、我が国初の果物専門店を創立。永きに渡る日本橋との関わり、果物の品質改良に注ぐ情熱や、現在進行中の新本店新築プロジェクトなど興味深いお話などを伺いました。

インタビュー映像がご覧いただけます。

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【座右の銘】常に前進、開発をめざして プロフィール (略歴) 昭和32(1957)年3月13日 中央区日本橋生まれ 昭和56(1981)年3月 慶応義塾大学法学部政治学科卒業 昭和58(1983)年9月 ロンドンへ渡英、翌年3月帰国 昭和59(1984)年4月 株式会社ドップス・インターナショナル(輸出入代行業)入社 昭和60年(1985)年11月 株式会社ドップス・インターナショナル退社 同年12月 株式会社千疋屋總本店入社 貿易部長を経て、常務取締役に就任 平成10(1998)年2月 代表取締役社長就任、現在に至る。 株式会社デーメテール千疋屋代表取締役社長、株式会社千商代表取締役社長、国土審議会専門委員、社団法人東京青年会議所理事長、社団法人日本青年会議所副会頭、東京商工会議所中央支部小売分科会副分科会長、NPO法人東京中央ネット副理事長などを歴任。

インタビュー風景
天保5(1834)年の創業以来170年に渡り中央区と深い関わりがありますが、現在に至る簡単な経緯をお聞かせ下さい。   江戸時代後期の天保 5年、武蔵の国埼玉郡千疋の郷(現・埼玉県越谷市東町)で大島流槍術の指南をしていた初代・大島弁蔵が、道場の庭で育てた果物や野菜を船で運び、江戸葺屋町(ふきやちょう)の「おやじ橋」のたもと(現・日本橋人形町3丁目)で商いを始めたのが創業にあたります。出身地の名をとり「千疋屋弁蔵」と名乗り、「水ぐわし(甘い果物)安うり処」の看板を掲げ、柿・びわ・ぶどう・みかん等を販売していました。後に愛称で「千疋屋」と呼ばれ、それが屋号となりました。
 弁蔵の商いは庶民的なものでしたが、二代目・文蔵の代で商売が大きく飛躍しました。浅草の鰹節の大店「大清」の娘である妻むらの支えもあり、幕末の著名人のご愛顧を受けるようになりました。これが高級品を取り扱う転機となり、その後徳川家御用商としての信頼を得て繁盛したようです。
 明治 10(1877)年に三代目を継いだ代次郎(以降襲名)は、当時活気を帯びてきた現在本店のある日本橋本町(日本橋室町)に店舗を移転し、外国産の果物のみならず種子の輸入に力を入れ、りんご・さくらんぼ・夏みかん・マスクメロンなどの栽培を行い、我が国初の果物専門店を創立するなど、先見の明があったように思います。
 四代目・祖父は三代目が温めていた構想を実現し、 大正14(1925)年 に日本初のフルーツパーラーを初め、浅草・丸ノ内などにも大規模な直営店を開きました。また「千疋屋農場(現・世田谷区上馬)」を造り多種多様な果物を栽培し更なる品種改良を目指しています。昭和 13(1938)年には株式会社へ改組し、社長に就任しました。
 また、三・四代目の時代にのれん分けをし、現在の「京橋千疋屋」「銀座千疋屋」が生まれました。他ののれん分けした店は、昭和 14(1939)に始まった第二次世界大戦の影響で閉店しています。現在、首都圏にある「千疋屋」と名の付く店は、「千疋屋総本店」「京橋千疋屋」「銀座千疋屋」のいずれかの支店となります。
  五代目・父(現・取締役会長大島代次郎)は関東各地に支店を次々と開き、幅広く食材を扱う総合食品業態へと移行させ、時代のニーズに応えました。平成 10(1998)年に私が六代目の社長となり、現在に至っています。
ご自身の中央区との関わりはいつ頃からでしょうか? また、その当時の思い出などございますか?  生まれた頃(昭和 32年)は祖父母と共に日本橋本店の上階に住んでいました。その後転居しましたが、週末になると遊びに来て、路地裏で遊んでいました。当時の室町界隈にはまだ木造の建物が多く、住民も多かったように思います。店先の番頭席に座っていた祖母が、ご贔屓にして下さっていた著名人とよく会話を交わしていたのを記憶しています。私自身は学生時代にアルバイトで頻繁に本店へ足を運びましたね。
 私が 28歳(昭和60年)で入社した頃は、現在とほぼ変わらない、ビルが建ち並ぶ風景となっていました。当時の本店ビルを建て替えた父は「果物は太陽と水と大地の恵み」という考えを、1階に設置した噴水で表現しました。ビルの内部に噴水があるのは珍しいことだったので、大変に話題になったようです。 平成10(1998)年に六代目社長に就任され、特に力を注いでこられたのはどのようなことでしょうか。    商いには信用と信頼が何よりも大切ですし、弊社ではどこよりも新鮮かつ厳選された果物を提供することに努めて参りました。お客様にお届けする商品の全てが食べ頃という完璧な状態であるべきですが、万難を排しても生ものですのでごく少数ですが何らかの不都合が生じてしまう場合もあります。そのため、全ての商品に保証書を同梱し、お客様の意に添わなければ何度でも交換させて頂くことにしています。
  健康志向が高まっている昨今、果物にも安全性を求めるお客様の声に対応すると共に、日本未紹介の果物等も意欲的にお客様にご紹介して行きたいと思っています。
  さらに、果物の品質向上にも産地との協力関係に力を注いでいます。例えばマンゴーは数年前まで全て輸入に頼っていましたが、近年は宮崎・沖縄で栽培し、原産国のものより美味しく作ることに成功しました。膨大な時間を研究に費やして実り、味・香り・こく・形のそろった果実は、ひとつの文化であると自負しています。
  平成 17(2005)年夏完成予定の新本店ビル(38階建て大型複合ビル、仮称・室町三井新館新築工事)に構える店のプロジェクトは、私にとって一世一代の大事業であると言えるでしょう。平成14(2002)年5月から仮店舗へ移転していますが、このビルの完成に合わせて「果物文化を伝える」というコンセプトの元、1階は果物や果物関連食品の物販、2階はフルーツパーラーとレストラン、地下鉄の駅と繋がる地下1階には気軽にテイクアウトできるお店をオープンする予定です。また、これに伴い千疋屋ブランドのリヴイタルプロジェクトも進行中で、お客様に愛されるブランドとしての在り方を追求しています。
商品
店是
代々受け継がれてきた信条や社訓などはございますか。   三代目が考案した店是「一 客、二 店、三 己」があります。まず第一に、お客様のニーズに対応した商品や的確なサービスを提供することを考え、次に店の繁栄や従業員を大切にし、自分のことは後回しにせよ、という意味があります。また、大島家の家訓は「勿奢(おごることなかれ)、勿焦(あせることなかれ)、勿欲張(よくばることなかれ)」です。これらが根底に流れているお陰で、バブル経済にも左右されることなく、のれんを守り続けることができたのだと思っています。「当主の仕事というのは、自分の代でのれんを更に輝かせ、次の世代に繋ぐものである」という父の考えも、私にとって大切な教えのひとつです。
何か地域活性化のためにされていることはございますか。   地域に関わることと言えば、 20代の頃から社団法人東京青年会議所の活動の中で、中央区委員長・理事長としてお手伝いする機会を頂きました。現在は、中央区の魅力を様々な方々に理解して頂きたいと思い、当ウェブサイトを運営している「NPO法人東京中央ネット」の副理事長を務めています。まちづくり同様に、地域は人と人との繋がりによって存在しています。何事もハードだけでなく、皆で協力し合い、知恵を絞り、ソフトを充実させながら一歩一歩進んでいくことが大切だと考えます。今後もこのような活動を続けて、中央区に貢献していきたいと思っています。
これまでの人生で、印象的な出会いや出来事がございましたらお聞かせ下さい。   仕事上で多様な方々と出会う機会に恵まれましたが、国内の果物生産者の方々にお会いし、その果物生産に賭ける情熱に触れた時には、特に深く感動しました。丹誠込めて作って頂いた果物を、品質管理に努めより良い状態で販売しなくてはならない、と襟を正す思いがしました。例えばメロンには生産者番号が付いているのですが、その数字を見ただけで脳裏に生産者の方の顔が浮かんできます。これは、人と人との繋がりが弊社を支えていることの証であり、感謝に堪えません。
最後に、次世代を担う若者たちへのアドバイスやメッセージをお願いします。   私もまだまだ若輩の身なのですが、若い人たちには「情熱」を持って生きて欲しいと思っています。果物が大好きで、人並みならぬ熱い想いを抱いている私にとって、仕事をしていく上でこの想いが何より大切なのです。「情熱」を持ち、それに向かって積極的に行動し続ければ、その先には必ず「感動」が待っています。人生に於ける一番の幸せは、自身の「感動」を大切にして生きていくことなのではないでしょうか。

2004年6月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  
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