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今月の顔-2004.12 バックナンバーはこちら
株式会社ロイヤルパークホテル代表取締役社長 総支配人 中村 裕
今回の「今月の顔」は、日本橋蛎殻町のロイヤルパークホテル代表取締役社長・総支配人の中村裕さんです。日本人ホテルマンとして、初めてヒルトンインターナショナルの総支配人を勤め、平成元年開業のロイヤルパークホテル総支配人に就任、「地域密着型の国際級シティホテル」というコンセプトのもとに事業を推進して来られました。周辺地域の変化や地域活性化の核としてのホテルのあり方など、興味深いお話を伺いました。 インタビュー映像がご覧いただけます。 Windows Media Player ソフトのダウンロード Windows Media Player BB Windows Media Player 56K Real Player ソフトのダウンロード Real Player BB Real Player 56K 【座右の銘】Guest is always right.  
(お客様は常に正しい、Mr. Hiltonの言葉)
略歴
昭和15 (1940)年  東京都生まれ
昭和38年3月   明治大学政治経済学部 卒業
同 年  4月    東京ヒルトン・ホテル入社 
昭和46年5月   グアム・ヒルトン 営業支配人        
昭和49年1月   東京ヒルトン・ホテル 営業支配人
以後、日本・グアム・韓国・フィリッピン営業管理部長、
東京ヒルトン・ホテル副総支配人などを経て
昭和62年7月   東京ヒルトンインターナショナル総支配人
昭和63年4月   三菱地所株式会社に移籍
          株式会社ロイヤルパークホテルへ出向 総支配人
同 年  6月   株式会社ロイヤルパークホテル 代表取締役専務・総支配人 
平成7年6月    三菱地所株式会社 取締役
平成12年4月   三菱地所株式会社 常務取締役
同 年  6月   株式会社ロイヤルパークホテル 代表取締役社長・総支配人
同 年  11月   株式会社ロイヤルパークホテルズアンドリゾーツ 代表取締役社長  
平成16年4月   三菱地所株式会社     顧問
株式会社ロイヤルパークホテルズアンドリゾーツ 取締役
(その他) 平成13年4月、国土交通大臣表彰受賞 
柏原氏
ロイヤルパークホテルは、昨年(2004年)開業15周年を迎えたと伺いましたが、これまでの経緯についてお聞かせください。 当初の計画では、ロイヤルパークホテルは、箱崎の東京シティエァターミナル、リムジンバスと一体化した開発の中で、エァポートホテル的な位置づけだったようです。しかし、金融の中心地兜町や茅場町、ビジネスゾーンの丸の内や大手町、繊維街の馬喰・横山に近い日本橋蛎殻町という立地条件を考慮した上で、国際級のデラックスホテルにコンセプトを変更し、平成元(1989)年にオープン致しました。振り返ってみれば、この判断は間違いではなかったと思います。開業以前のこの近辺は、倉庫街の跡地で大きな建物は全くありませんでした。その中で、当社とIBMのビルが同時期に竣工し、以降この地域に大きなビルが林立するきっかけとなったのではないでしょうか。

東京のお生まれとお聞きしましたが、中央区との関わりはいつ頃からでしょうか。 私は、銀座4丁目で生まれました。祖父が、当時はハイカラな商売と言われたラシャ屋(生地を扱う商売)で、父の代では「テーラー・中村」という洋服屋を営んでおりましたが、戦争で疎開し銀座を離れることになりました。母は日本橋小舟町の生まれで「銀座に嫁に来たはずだったのに」とよくこぼしていました。ですから、銀座には3歳まで住んでいましたが、その後は母の実家のあった日本橋を時折訪れるぐらいでした。
 あらためて中央区と密接な関わりを持つようになったのは、ロイヤルパークホテル開業の1年前からですから、17年ほどになります。当初は水天宮から箱崎の方面には、人の往来も少なくやや寂しい地区でした。周囲をさえぎるものがなく、当ホテルの20階のラウンジからは、隅田川を行きかう屋形船が見下ろせ、街並みを一望することが出来ました。オープン翌年には地下鉄半蔵門線が水天宮の駅まで開通し、アクセスも一段と便利になり、この15年で周囲の様相はずいぶん変貌しました。蛎殻町から人形町にかけて、オフィスビルやマンションが次々と増え、IBMやソフトバンクを中心にIT関連企業が多く進出して来ました。屋形舟はビルとビルの間に垣間見えるだけになってしまいましたが、夜間人口も増え、水天宮や人形町商店街は賑わいを増してきたように感じています。
社長就任後、とくに力を注がれてきたお仕事についてお話ください。 現在の都市型ホテルは、常に新鮮で清潔なハードとホスピタリティに満ちたソフトを提供すると共に、お客様の求めているものをいち早く察知し具現化していくことです。開業以来、必要に応じて部分改装はしてきましたが、一昨年から客室の本格的な改装に取り掛かり、2006年の冬には完了の予定です。IT化の時代、お部屋でブロードバンドの利用ができる等、お客様の利便性を追求しています。また、9箇所あるレストラン、バーの見直し等、お客様のニーズに合わせた新たな展開をしています。宴会場も4階はチャペルと一体化したウエディングフロアとし、3階はリビング、ダイニング、サロンといったテーマ性を持たせて、より特徴ある目的に応じた使い方ができるよう、進めています。
 IT(情報技術)化推進という点では、マイクロス・フェデェリオ社のソフトを導入し、昨年秋には、集中予約センター「ロイヤルアクセス」が開設、本格稼動しました。国内資本のホテルとしては初の試みだと思います。ロイヤルパークホテルズ アンド リゾーツのグループ3ホテル(当ホテル、横浜ロイヤルパークホテル、ロイヤルパーク汐留タワー)の宿泊予約、空室情報などが一括して管理可能になり、お客様にとっての便利さと同時に、ホテル側にとっての効率化を図り、今後のグローバル化の強力なマーケティングツールとなると思っています。

今後2007年にかけて外資系高級ホテルの首都圏参入により、ホテル業界の競争が激化するとの予測がありますが、どのようにお考えですか。 これからのまちづくりは、地域そのものを考えていかなければならないと思います。ある地域にいくつかのホテルが集約的に存在することにより、個々の競争は激化しますが、相乗効果が働き集客率が上がるという大きなメリットが生まれます。また競争の中では、施設、味、サービス等の質が更に向上すると思います。その意味では、外資系高級ホテルの参入は、切磋琢磨し共存するための絶好のチャンスと捉えています。また、合理的なサービスのノウハウや幅広い経験、知識を吸収することも必要でしょう。
 国土交通省では、外国人観光客の誘致を現在の年間500万人から1000万人に倍増し、観光産業を伸ばして行こうという方針を打ち出しています。東京は安全で、ニューヨーク、ロンドンやパリに劣らない世界でも有数の素晴らしい観光都市です。弊社も開業以来、宿泊者の6〜7割が外国人のお客様ですので、充実し快適な宿泊施設の整った首都であることをアピールし、頑張って行きたいと思っています。
インタビュー風景
商品

中央区・日本橋を仕事場とされていて、メリットとお感じになることはどのようなことでしょうか。 中央区は首都東京の中心に位置し、東京駅があり、空港へのアクセス等でも大変に立地条件の良い地域です。さらに大きな特徴として、古いものと新しいものが混在し、それが上手く調和している魅力ある地域と言えるでしょう。また、ホテルは24時間365日稼動していますから、集客と言う観点からは、まちづくりの核となり得る存在です。地域に密着し、地域全体の発展、活性化を目指すことが、私どもの発展にも繋がることだと思っています。当ホテルでは、日本橋という魅力ある地域性を十分に見直し、地域に密着したサービスの差別化を徹底させていきたいと思います。
 既に昨年から〈Discover江戸・下町〉というテーマで、地域密着型の企画をいくつか実践しています。ひとつは、毎週金曜日の“着物Day”。フロントやロビーの社員が着物でのサービスを行うとともに、着物を着ていらっしゃったお客様にお飲み物のサービスをさせて頂いたり、着付け教室なども開催しています。また、近隣8コースの散策マップを作成し、日本橋が発祥の地、人力車で、あるいは、レンタル自転車やタクシー等で、東京の下町観光を楽しんで頂けるよう、きめの細かいサービスも提供しております。お隣の水天宮、人形町商店街や明治座さん等とも提携した特色ある企画をはじめ、地域文化をより深く理解して頂くための情報の発信を、今後も推進していきたいと思っています。

御社の社訓、またご自身お仕事をされる上での信条とはどのようなことでしょうか。 永年ホテル業に携わり、私の考えの根底にあるのは“Best for the Guest.”―お客様に最善をつくす―ことに尽きます。これを基本に、当ホテルでは、「Q(クオリティー)・P(プライス)・S(サービス)・C(コスト)の推進」「公明正大」「省資源の推進」など7つの経営方針をかかげ、全ての社員にサービス理念として14の行動基準を徹底させています。常にスマイルを忘れずに、感謝(有難う)の気持ちを持って、挨拶・言葉遣いは礼儀正しく等、ホスピタリティー(おもてなしの心)マインドをもって、親切、丁寧、迅速かつ柔軟に対応していくことが大切だと思っています。

これまでの人生で、心に残る出来事、人との出会いがありましたらお話ください。 はじめからホテルマンになろうという気持ちはなかったのですが、昭和38年私が大学卒業の年に、東京ヒルトンホテルが開業するということで、就職の募集が来ました。同級生のほとんどは商社志望で、ホテル業というのは当時あまりよく知られていない新しい分野でした。大学の英語サークルに入っており、なにか英語を活かせる仕事につきたいと思っていましたので、外資系の東京ヒルトンに就職いたしました。このヒルトンとの出会い・チャンスが、以後40年余におよぶ私のホテルマンとしての人生を方向づけてくれ、現在に至っているという意味では、大きな出来事だったと言えるでしょう。
最後に、次世代を担う若者たちにひと言メッセージを頂けますか。 人と人との関係において「目配り、気配り、心配り」、この三くばりを大事にして欲しいと思います。我々ぐらいの年代では、子供の頃からよく親に言われ、ごく簡単で言い古された言葉ですが、ともすると優しさが忘れられがちな現代社会においては、人間関係をスムースにする上で、大変大切なことではないでしょうか。ちょっとした気配りが、周囲の人々をなごやかな気持ちにしてくれます。これこそ、日本人ならではのホスピタリティーの根底にある精神だと思います。
インタビュー風景

2005年1月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  
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