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略歴
昭和15年5月 東京生まれ
昭和37年5月 清水地所株式会社入社 監査役就任
昭和38年3月 慶応義塾大学法学部 卒業
同年4月 株式会社第一銀行入社
昭和41年9月 清水地所株式会社 代表取締役社長就任
同年11月 清水建設株式会社  取締役に就任
昭和43年12月 株式会社第一銀行退社
昭和47年5月 清水建設株式会社 常務取締役就任
昭和50年5月   同社 専務取締役就任
平成11年6月   同社 取締役就任(執行役員制度の導入に伴い)

趣味 ヨットおよび海のスポーツ。

※不易流行
松尾芭蕉のことば。受け継いで行くべき伝統と、新しいものへの挑戦、この相反する二つのことを調和させ、新しいものの創造につなげていくことが、世の中には必要なことである。

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 今回の「今月の顔」は、清水地所社長ならびに清水建設取締役、清水家6代目当主の清水満昭さんです。清水建設は、日本橋、京橋を本拠に創業以来200年、街の顔ともいえるシンボリックな建築物を数多く手がけてこられました。創業当時のお話をはじめ、建物にまつわる思い出、21世紀の都市再生にむけた街づくりの展望、地元主導で盛り上がりを見せる地域活性化の動きなどを伺いました。

清水地所と清水建設は、ともに中央区と深い関連があると伺っていますが、その関係と経緯についてお聞かせください。
 清水地所株式会社は、昭和34年に清水建設の持株会社として設立され、筆頭株主でもあるとともに、そのルーツは清水建設と同じです。江戸時代末の文化元年(1804)に初代の清水喜助が富山から江戸へ出て、神田鍛冶町で大工業を開業、大勢の弟子を養う棟梁となりました。江戸城西の丸の修営に加わりその技量を認められ、大名家御用達として多大な社会的信用を得て清水建設の土台を築きあげました。また、彦根藩御用達であった関係から、横浜開港の責任者、藩主で大老の井伊直弼の動静を察知、いち早く横浜に進出、開港にかかわる施設の建設に携わり、大きな成果を挙げております。
 明治8(1875)年には日本橋本石町に移り、さらに京橋南鞘町、宝町(現在は宝町という地名はなくなり地下鉄の駅名として残っている、京橋2丁目付近) と移動しつつも、平成3(1991)年芝浦に本社を移転するまでの116年間、日本橋、京橋地域を本拠とし、清水屋から清水組、戦後の清水建設へと発展して参りました。 中央区内には、清水建設の施工した建築物が新旧数多く点在しており、清水地所の本社は現在も宝町にあります。私どもにとっては、やはり「中央区は当社の原点」という気持ちが強いです。
 
古くは、「築地ホテル館」という建築史に残る日本で初の和洋折衷木造ホテルや、最初の国立銀行などを建てられ、近代建築の草分けとも言われていらっしゃいますが。

 2代目の清水喜助は、非常に優秀な技術者であり、時代の先取りをする感覚のあった人だったようです。幕末から明治維新の混乱期に、「築地ホテル館」、「第一国立銀行」、「為替バンク三井組」といった建物を完成させました。中でも日本で初めての外国人専用宿泊施設「築地ホテル館」は、アメリカ人の設計のもとに、和風の意匠を随所に凝らした画期的な建築物で、これを僅か1年1ヶ月の短期間で造り上げました。しかし、銀座の大火の延焼でわずか3年余で焼失してしまいました。「幻のホテル館」と言われており、残っている図面や錦絵でみると、たいへん興味深い建物です。

 新しい技術をいち早く取り入れ、実現していこうとする進取の気性は、日本で初の本格的鉄骨構造建築(明治40年丸善本店)等を手がけるなど、わが国の建設業界をリードしてきた清水建設の現場の仕事の中に、今も脈々と息づいているのだと思いますね。

 
建築物は街の外観を形成する大きな要素ですが、中央区内で清水建設が手がけられた建物等、印象深い想い出がありましたらお聞かせください。
 当時の代表的な建物では、日本橋の三越本店、銀座4丁目の和光、東京駅近くの日本銀行、中央通りでは国分ビル、榮太樓ビル、丸善本店、昨年建てなおされた資生堂ビル、交詢社ビル。さらには、歌舞伎座、聖路加国際病院、中央区役所、ブリヂストンビル、第一生命相互館、三共銀座別館、味の素本社ビルなど…。どれも特徴があり、まさに中央区の街の顔ともなっているシンボリックな建物を、じつにたくさんわが社が手がけて来たと言えます。私自身は昭和38年、大学卒業後、一時、第一銀行に勤務しましたが、初めての勤務地が室町支店で中央区との関わりはその頃からでした。当時支店の入っていた古河ビルは、清水建設の設計施工で竣工間もない最新のオフィスビルで、非常に快適だった記憶があります。また、銀行を退職後、清水建設の現場に勤務していた頃には、日本銀行が建設中で、鉄骨が組みあがった現場や、築造中の地下の大金庫を見学させてもらうという貴重な体験をしています。40年近く前の日本橋界隈は、ほぼ大きなビルは建っていましたから、現在の街並みとあまり変わっていない、という印象ですね。
 
40年近く、中央区でお仕事をされてきて、地域に対する思いはいかがですか。
 銀行の窓口で勤務していた頃の話ですが、室町界隈には薬問屋さんや老舗が多かったですね。その様な意味では、現在とあまり変わっていません。二日酔いで調子の悪そうな顔をしていると、「これ飲むと効きますよ」と言って、薬問屋の経理の女性が薬を差し入れてくれたこともあり、気さくで、下町の雰囲気が残っている街でした。現在も多くの老舗が健在し、古くからのお仲間がたくさんいらっしゃる。心情的に地元と言う感じの中で、安心感があり仕事もやりやすいところという思いです。
 
近年、都市再生ということで中央区でも開発が進んでいますが、建設業というお立場で、どのような展望や感想をお持ちですか?
 特に日本橋界隈で言えば、古くからの老舗の方々がたいへん元気があります。その地元の方たちが中心になり、再開発の方向性を探り推進して行くと言う気概が感じられ、非常にまとまりのある盛り上がりを見せていると思います。現在進行中の日本橋1丁目(東急跡地)の再開発、三越の新新館建設などがその良い例でしょう。古く良いものは残し、再生のために新しいものも積極的に取り入れていくという地域の姿勢には感銘すると同時に、大いに共感しています。また、地下道の整備や日本橋の上の高速道路を外観上どうするか、といった話が出ていますが、地元主導、内からの活性化は必ず良い結果に繋がると確信しています。大きなプロジェクトになると、街、地域という広がりの中でその建物がどのように位置づけられるのかを考慮していかなければなりません。建物を造ることは、街づくりそのものと密接な関連があります。とくに中央区と言う都心部ではこのような事柄がこれからの時代、重要な課題だと考えます。
 清水建設では、3年前から「日本橋・八重洲・京橋21」プロジェクトを立ち上げています。21世紀の新しい街づくり、都心の中心部である日本橋、東京駅前地域の将来像を画きつつ、そのために役立つ地域の情報を発信していこうとするものです。行政の会議情報、地域の活性化活動、建設中の工事概要や進捗状況、地域の歴史を振り返る読み物など、多彩なコンテンツのHPがありますので、ぜひアクセスしてください。
アドレスは
http://www.shimz.co.jp/(清水建設HP)
http://www.iijnet.or.jp/ynp/(日本橋・八重洲・京橋かいわい-ぶりっじ21-)
 
平成15年は社長にとってどのような年でしょうか?
 清水建設は創業200年の記念すべき年であり、清水地所も設立45年を迎えます。営々として続いてきた事業に思いを馳せると、感慨深いものがありますね。これまで培ってきた技術と経験をベースに、さらなる発展を目指し、新たな挑戦のスタートとしてお祝いをしようと思っています。中央区のシンボル「日本橋」もちょうど創架400年で、記念行事も予定されています。名橋日本橋保存会でその活動をお手伝いさせていただいている立場としては、お祝い事が重なり、喜ばしい限りです。
 
これまでの人生で、とくに印象に残る出来事や、人との出会いがございましたらお聞かせください。
 昭和41年、先代(清水康雄)の遺言で社会福祉法人清水基金が設立されました。その折、設立総代になっていただいたのが当時の第一銀行頭取をなさっていた長谷川重三郎さんでした。長谷川さんにはいろいろとお話を伺い薫陶を受けました。深い洞察力をお持ちで、当時すでに今日の経済状況と企業のあるべき方向について高い御見識をお持ちの方でした。清水地所の監査役としても、大変ご尽力いただきました。
 
最後に、次世代を担う若者たちへメッセージをお願いします。
 多くの老舗が存在するこの地域で自ら事業を起こし、成功させた創業者とその継承者の皆様に御交誼を頂いておりますが、その方々は、昔のこと、今のことだけでなく、これからの地域の活性化のため、どうすべきかというお考えを夫々の哲学に裏付けられてお持ちです。そういうお話には教えられることが多く、感銘を覚えます。
 その上、都心の中心部で、さまざまな最先端の情報が溢れています。その両方がうまく調和し融合しそこから新しい街並みを創造していこうという意気込みを強く感じます。その意味でもこの地域というのは、人間形成にとっても非常に有意義な場所と言えるでしょう。大いに勉強の場として活用し、良いものを吸収し、人間を磨いて欲しいですね。

※記事の組織名や肩書は掲載当時のものです。  
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