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略歴
昭和2年 東京・京橋区(現中央区)に生まれる
5歳より、叔父常磐津八百八について三味線を修得
昭和16年   常磐津英八郎の流名を許される
昭和18年   歌舞伎座において初舞台
昭和23年   立三味線となり、31年より作曲活動を始める
昭和35年   父三世の跡を継ぎ、四世常磐津文字兵衛を襲名
同年   日本ビクター(株)の専属演奏家となり、現在に至る
昭和49年   常磐津協会常任理事
平成3年   同協会 会長就任
平成4年   重要無形文化財保持者(人間国宝)の指定を受け、名実ともに常磐津節三
味線の第一人者となる
平成8年   常磐津英寿に改名、(現五世をご長男が襲名)
現在は常磐津保存会会長、常磐津協会顧問、中央区古典芸能の会副会長
芸術祭奨励賞(昭和34年)、芸術祭優秀賞(昭和53年ほか多年度)、第14回モービル音楽賞(昭和59年)など受賞多数。平成5年には日本芸術院賞・恩賜賞を受賞、平成6年日本芸術院会員に推挙され就任。平成11年中央区の名誉区民として、顕彰される。
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 今回の「今月の顔」は、常磐津三味線奏者で人間国宝の常磐津英寿さんです。幼い頃から厳しい修養を積まれ、伝統ある古典芸能を継承するとともに、現代に生きる「新しい常磐津節」の追求に、今なお尽きることない情熱をかたむけていらっしゃいます。木挽町、銀座、築地界隈に見られる昔からの風情、新しいウォーターフロントの魅力、「中央区古典芸能の会」の活動など、多岐にわたるお話をはじめ、解説を交えた素晴らしい常磐津節をご披露下さいました。
常磐津とはどのようなものでしょうか。また、先生が常磐津の道を一筋に歩まれて来た経緯などを、お話しください。
 常磐津は、江戸浄瑠璃(語り物音楽)のひとつで、延享4(1747)年宮古路文字太夫によって興されました。清元や新内などとともに歌舞伎や舞踊の伴奏として、江戸中期の平和な時代に育成され、成立した芸術です。「常磐津」という言葉には“江戸を言祝ぐ”という意味があります。以来260年余、歌舞伎の舞台を中心に、当初の風を伝統として受け継いで、時代の流行に対応しながら、発展してきました。
 我が家は三味線方として、曾祖父が常磐津文字助を名乗り、祖父2世文字兵衛、父と代々継いできました。子供の頃から、叔父(常磐津八百八)や伯母(常磐津兼豊)の指導を受け、16歳のとき、常磐津英八郎(幼名)として歌舞伎座の舞台にデビューしました。戦時中には、歌舞音曲の統制で演奏の出来ない数年がありましたが、戦後は、歌舞伎のいち早い復興とともに、新しい作品への機運も盛んになりました。その為、作曲活動にも力を注ぎ、これまでに360曲余りの作品を手がけてきました。昭和35年に父より四世文字兵衛を継ぎ、平成8年には文字兵衛の名を長男に譲り、英寿と改名、新たな気持ちで頑張っています。
 
代々受け継がれている教えや教訓には、どのようなものがございますか。
 常磐津は語り物音楽であり、そこでの三味線とは、「語りを助け、ひきたてる女房役」であると常々教えられてきました。長唄の三味線などとは異なり、あくまでもストーリーに忠実な音楽を奏でるのが基本です。父からは演奏の心構えとして、明治期の名人林中の教え、「まねる」「つく」「はなれる」という言葉を教えられました。
 
古典芸能、邦楽の継承に際し、ご苦労されたこと、新しい試み、またこれからの展望などについて、お聞かせ下さい。
 古い音楽を残し伝えるということは、大変な仕事であり、苦労は宿命だと思っています。誰が見ても解る一般性をもたせるには、まず第一に楽譜を整備する必要があります。私が常磐津の手ほどきを受けた子供の頃は、すべて口伝による指導でした。大正時代には七声音からなる略譜ができましたが、それは各流派独自のもので統一性がありませんでした。その後、統一された「研譜」というものが開発され、さらにそれが五線紙に遷され、はじめて他の楽器を習った人でも読めるものになりました。祖父や叔父の書き残したものを、五線紙の楽譜に書き移すことを通じ、古典の保存と後進の育成に取り組んできました。
 こうした継承、保存の活動とともに、他方では常磐津の魅力を多くの方たちに広く理解し、親しんでいただくことも、私の使命だと思っています。一般の生活が洋風化し、伝統の言葉が失われつつある、現代の事象を表現する試みとして、常磐津から一歩踏み出しながらも、新しい表現活動を模索しています。作曲活動の中で、夏目漱石の文学を題材とした「我輩は猫である」や「三四郎」「夢十夜」などを手がけたのも、この観点によるものです。さらに現在もNHK「現代の邦楽」などを通じて、様々な新しい試みを続けています。
 
木挽町でお生まれになられて以来、中央区にお住いということですが、町の移り変わり、中央区の素晴らしさなど、印象をお聞かせ下さい。
 中央区は、たいへん水に縁のある地域で、運河も多く情緒豊かな地区でした。今は名前に偲ばれるだけですが、かつては数寄屋橋や三原橋の下に川が流れ、築地川べりなどは、子供のころの楽しい遊び場でした。今ではほとんどが埋め立てられ、水のある風景が減ってしまったのは、いささか残念ですね。代わりと言ってはおかしいかもしれませんが、築地の先から晴海方面がウォーターフロントとして発展し、新しい「水のある風景」が見られるのは喜ばしいことです。常磐津節で語ると、「ウォーターフロントは現代の宝船(豊かな幸を運んでくる)」といったところでしょう。
 昔の銀座通りは、チンチン電車が走り、老舗の前には夜店が並び、今とはまた異なった風情の「賑やかさ」がありました。私も子供ごころに楽しい思いをしたのを覚えています。我が家のある銀座8丁目界隈も、黒板塀に数寄屋の連なる落ち着いた街並みでした。様相はずいぶん変わりましたが、人々の間には、昔ながらの下町情緒といいますか協調の精神が今でも残っており、きちんとした隣近所のお付き合いが出来、住み心地の良い町だと思っています。
 
「中央区古典芸能の会」のお仕事をされていますが、一般の人が古典芸能に接する機会などがありましたらご紹介下さい。
 中央区には古典芸能に携わる人たちが多く、平成11年の日本橋劇場(中央区蛎殻町)のオープンを機に、邦楽や舞踊など様々なジャンルの人たちが集まり振興をはかる「中央区古典芸能の会」が発足しました。毎年6月には日本橋劇場で公演会を開催しています。2003年度は6月14日に「第4回古典芸能鑑賞会」が行われます。江戸開府400年という節目でもあり、江戸にちなんだ特別な企画を考えています。是非お出かけください。また、常磐津保存会では、年に一回、歌舞伎座向かいのサロン・ド・サンク(文化堂ビル8F)で研修会として、歴史関連の講演、解説、演奏などを行っています。常磐津の公演会情報やお稽古について興味のある方は、常磐津協会のホームページもありますのでご覧ください。http://www.tokiwazu.jp/
 
これまでの人生で、心に残っている出来事、出会いなどがございましたら、お聞かせ下さい。
 昭和20年8月14日のことです。邦楽演奏を録音するため、NHKの内幸町にあるスタジオへ、父の三世文字兵衛、ほか数人で出かけて行きました。ところが、いつもと何か様子が違い、軍人が大勢出入りして、雰囲気がぴりぴりしていたのです。予定の時間になってもスタジオは開かず、ずいぶん待たされたあとに「特別な事情で、今日の録音は取りやめ!」と言われました。その時はわけがわからずに帰ってきましたが、翌日に終戦しました。玉音放送を聴いた時に初めて、前日のNHKでの出来事が、玉音放送録音準備のためだったのだと分かりました。終戦の感慨とともに、印象深い出来事として心に残っています。
 
最後に、中央区の次世代を担う若い人たちにメッセージをお願いいたします。
 今の若い人たちは、海外に出る機会も増し、外国の方たちとの接触・交流も多いことと思います。海外の人たちは、日本古来の文化や芸術に興味を抱いており、話題になることも多々あるはずです。そうした時に、的確に分かりやすく説明できるだけの知識を身につけておいて欲しいと思います。若い人たちが、日本の伝統ある文化を誇りに思い、知識を深め、継承していくことが大切なことだと考えています。

2003年3月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  
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