季刊紙「日本橋美人新聞」の巻頭インタビューより、各界の著名人と山田晃子氏の対談を掲載しています。

山田 今回の巻頭インタビューは、中央区の矢田美英区長にお話を伺います。
まず、ご経歴についてお聞かせください。

矢田 私はわがまち中央区の新富町で生まれ育ち、現在も住み続けております。物心がつく年ごろから新聞記者、ジャーナリストに何となく憧れるようになりました。というのも中央区という所は新聞社や通信社、マスコミの一大メッカで今に至っております。従って、ごく自然とそうした方面に進むことになったと振り返っています。
本区の京橋小学校、明正中学校を経て、都立江北高校、慶應大学を卒業したあと、幸運にも米国ミズーリ州立大学ジャーナリズム(J)スクールに入学・卒業しました。この大学のJスクールは米国では一番古い1907年の創設です。帰国後は共同通信社に入社し、国際局海外部、編集局政治部に勤務致しました。
この間、20年にわたり佐藤内閣から中曽根内閣まで7代の内閣において、政治の中枢で取材活動した経験が今日の私を育てているのだ、とつくづく思います。そして、見えない運命の糸に引きずられるように栄えある中央区長に就任させていただき、今日まで務めさせていただいております。大変光栄に存じ、区民の皆さまへの感謝の気持ちでいっぱいであります。


山田 区長にご就任以降は、どのような政策に注力なさったのでしょうか。

矢田 何しろ、人口減少の真っただ中でしたので、「都心に人が住めるようにしよう」を合言葉にした人口回復政策に全力を挙げました。昔から「人集まらずして繁栄なし」と申しますが、やはり肝心要なのは人であります。区立住宅は46戸だったのを1,300戸に増やし、入居は世帯の収入によって家賃を決める応能家賃制度を導入しました。また、用途別容積型地区計画により容積率を2割緩和するなど、ファミリータイプの住宅供給や高齢者向け優良賃貸住宅制度の活用による民間開発の住宅誘導などにも取り組みました。こうした政策努力の結果、一時は7万人を切るのではないかと思われた時期もありましたが、平成10年から18年間連続して増加を続け、間もなく14万人と倍増する勢いを見せているのは大きな喜びです。

山田 子育て世代が移住し出生数が増えていくのは、まちの活性化に繋がると思います。民間の不動産情報会社のアンケート調査結果(平成26年3月)で、中央区は「住み続けたい自治体の都内ナンバーワン」に評価されたようですね。子どもの医療費の無料化、特別養護老人ホームや障害者施設の設立などのきめ細かな政策を見ていると、区民のひとりとして安心した日常を送れるのはもちろん、福祉の充実を身近に感じています。

矢田 今後も皆さまのご意見に耳を傾け「子どもを産み育てやすい自治体ナンバーワン」「命と健康を守る自治体ナンバーワン」への取組み、「教育の中央区」にふさわしい教育施策の充実、首都直下地震などにも備えた安全・安心の確保、中小企業の活性化など、さまざまな施策を着実に実行しご期待にお応えしたいと思います。

山田 平成32(2020)年の「東京オリンピック・パラリンピック」開催が決定し、本区には選手村の計画が公表されました。どのような対応策を進めていらっしゃいますか。

矢田 この機を本区のさらなる躍進への絶好のチャンスと捉え、その先の将来を見据えつつ、都市交通や公共施設などの基盤整備、商工業や都市観光の振興など、区内全体の良好なまちづくりに一段と弾みをつけ、区民の皆さまが「快適な都心居住」を謳歌し、本区に集まるすべての方々が豊かさを享受することができる「わがまち中央区の黄金時代」をしっかり築き上げてまいる決意です。
ところで、山田さんがプロデュースされている「EDO ART EXPO」は今年で8回目を迎えられると伺っていますが。

山田 昨年の平成26年(2014)年9月26日~10月14日に開催した「第7回 EDO ART EXPO」では、中央区、千代田区、港区、墨田区の名店、企業、ホテルや文化・観光施設など60カ所以上が会場となり「江戸の美意識」をメインテーマに、江戸から続く伝統や文化、歴史などに関わる展示を行い、国内外から約40万人もの方が各会場を訪れてくださいました。中央区からもさまざまなご協力をいただき、お陰さまで回を重ねるごとに盛況を呈しております。

矢田 この日本橋を中心として生まれた事業が基となって、4区が連携し合っていずれの地域にもにぎわいや活気がもたらされたのは大変に意義深いですね。都心を代表する秋の一大イベントとしてすっかり定着した催しを誇らしく感じています。今後ともより魅力あるイベントとなるようお手伝いさせていただきたいと思います。

山田 矢田区長にとって、日本橋の魅力やお気に入りのスポットはどのようなものですか。

矢田 さすが「お江戸日本橋」とあって、どこもかしこも粋でいなせで好きな所ばかりです。でも、強いて「お気に入りスポット」といえば、平成23(2011)年4月に「滝の広場」に区が防災機能も考慮して整備した「日本橋船着場」です。水辺再生にふさわしい豊かで潤いのある空間を活かしたまちづくりの一環と言えます。しかし、あの名橋「日本橋」を覆う首都高速道路は早く撤去しなければいけませんね。国や東京都に対し積極的に働きかけて必ず実現したいと思っています。撤去を求める署名活動に対しても全国から多数、賛同されているということです。

山田 心強いお言葉をいただき有難うございます。今後の政策のビジョンについて教えてください。

矢田 私の使命は魅力と活力に満ちた「世界一の中央区」をつくり上げることです。お子さまから高齢者まで本区に集うすべての人々が生涯を通じて安心して、いきいきと生活し続けられるまちの基盤を、固めていくことだと考えています。未来永劫変わらずに輝きを放ち続けるまちをしっかり築いてまいります。


■撮影:小澤正朗  ■撮影協力:ロイヤルパークホテル

  ※記事の組織名や肩書は掲載当時のものです。
 
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