季刊紙「日本橋美人新聞」の巻頭インタビューより、各界の著名人と山田晃子氏の対談を掲載しています。

山田 今回の巻頭インタビューは「EDO ART EXPO」の第10回開催を記念して、すみだ北斎美術館の菊田寛館長にお話を伺います。
 都内で初となる葛飾北斎に特化した、美術館の沿革と概要についてお聞かせください。

菊田 美術館の創設計画は1989(平成元)年に始動し、その後はバブル崩壊や東日本大震災などの要因で、一時的に見通しが立たなくなった頃もありました。しかしながら2012(平成24)年に開業したスカイツリー建設誘致の決定を契機に、設立に向けての機運が高まり、皆さま方のご尽力のもと2016(平成28)年11月22日に開館に至ることができました。
 当館は、世界有数の北斎作品の収集家で研究者でもあったピーター・モース(エドワード・モースの子孫)、浮世絵研究の第一人者といわれた美術史家、楢崎宗重のコレクションを根幹に、墨田区が独自に蒐集し続けている北斎とその門人の作品を含めた約1800点を所蔵しています。
 来館者数については、初年度に目指した約20万人を開館5カ月余りで果たしています。昨今は外国人のお客様が増加の傾向にあり全体の10%近くを占め、その中でも英語圏の方々が多いように見受けられます。


山田 昨年に観光庁が発表した「訪日外国人消費動向調査」では、訪日理由に「日本の伝統・現代文化の体験または鑑賞」が挙げられていますので、文化施設側の対応の充実も求められますね。菊田館長ご自身はどのような経緯で、初代館長にご就任されたのでしょうか。

菊田 私は武蔵野美術大学造形学部を卒業後、東京都公立中学校の教員を経て2002(平成14)年から墨田区立中学校校長職を務め、その間に全国美術教育連盟や全国造形教育連盟などのお手伝いする機会がありました。
 当館の方針の中に教育普及事業、文化振興や地域活性化の拠点となることも掲げていますので、教育に携わってきた者として一定の評価をいただけたのだと思っております。

山田 北斎は1999(平成11)年にアメリカの雑誌「ライフ」の企画「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」で、日本人の中では唯一選ばれました。生涯に3万点を超える作品を残し、その一部は海を渡りゴッホやモネをはじめ西洋の芸術家たちに多大な影響を与えたといわれています。
 私は類い稀で多彩な才能を持つ北斎に、とても魅力を感じます。

菊田 多くの画家には静物、人物、風景画といった自身の得意分野がありますが、森羅万象を描いた北斎は表現していないものを探す方がむしろ難しいですね。その幅の広さと発想の豊かさをもって作品を仕上げていく構想力は、実に稀有な人物と言えるでしょう。
 「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」は私の最も好きな作品であり、「波」といえばあの形が想起されるほど私の意識の底に刷り込まれています。

山田 「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」は北斎生誕260周年に当たりますので、より国内外から注目を集める好機になりますね。美術館のホスピタリティをどのようにお考えでしょうか。

菊田 海外の方に浮世絵をはじめ日本の芸術をご理解していただける機会ですし、それを発信していくためには我々自身が自国の文化を更に学ぶ姿勢が大切です。北斎が生涯を過ごしたこの地で「江戸」という地域資源を利用し、回遊する仕組みをご提供できる企画を考えています。
 「EDO ART EXPO」のように、10年にわたり4区が広域的に連携し歴史や文化、芸術などの資産を上手く活かし、多くの方が楽しみながら芸術に触れる事業を継続されていらっしゃるのは素晴らしいですね。

山田 有難うございます。皆さまのご支援のおかげで今年で10回目を迎え、9月22日~10月10日の会期中には、国内外から約44万2000人もの方々が各会場を訪れてくださいました。
 「EDO ART EXPO」は中央区、墨田区、千代田区、港区の名店、企業、ホテルや文化・観光施設など既存の建物、約60カ所がパビリオン(会場)になり「江戸の美意識」をテーマに伝統や文化、芸術に関わる展示を行っています。同時に催す「東京都の児童・生徒による 江戸 書道展」は「江戸から連想する言葉」と「世界の国々を漢字で書く」を題材に公募し、応募総数2000点以上の中で62社のスポンサー企業による323点の入選作品を展覧いたしました。

菊田 昨年は当館のオープン直前に、「すみだ北斎美術館の開館を記念して」をコンセプトに「EDO ART EXPO」開催のご協力をいただき、今回はパビリオン(会場)の一つとして参加しました。
 詳細が網羅された公式ガイドブックは会期前にもかかわらず、置いておくとすぐに捌けてしまうほど好評で、4階の休息スペース「ホワイエ」に設置したスタンプ版浮世絵ラリー会場では、来館者の多くがスタンプを押して楽しんでいる姿を拝見いたしました。
 また、 江戸 書道展は力作が揃っていた中でも特に、北斎を連想させる勢いや個性が際立った作品を選出し、「すみだ北斎美術館賞」を授与しています。

山田 北斎は約90年の生涯のほとんどを墨田区内で過ごしたことで知られていますが、日本橋の活況を描いた多くの名作も残っています。菊田館長は、日本橋で思い出に残るスポットはございますか。

菊田 私は文京区で生まれ育ちましたので、三越、髙島屋、白木屋などのデパートには、両親におめかしをして連れていってもらえる場所という高揚感を幼心に抱いていました。
 近頃は日本橋に来ると、教壇に立っていた時期に美術の授業で、遠近法の教材に北斎の「江戸日本橋」を取り上げたことが懐かしく想い起こされますね。

山田 私たちは江戸(東京)の地域ブランド「日本橋美人」というネーミングでも、多岐にわたる事業を展開しております。「日本橋美人」とは、どのような女性だと思われますか。

菊田 「時代」の先取りや後追いをすることなく、ご自身の中できちんとトレンドを消化し身に付いていらっしゃる女性でしょうか。知識や趣味、或いは立ち居振る舞いや言葉使いなど、さまざまな面においても「自分のものにできる」方が日本橋美人であり、日本橋に相応しいでしょう。

山田 北斎ならではの奇抜な発想の作品で、日本橋の橋上を往来する人々の賑わいを人物の頭部を近景に描写した、「富嶽三十六景」の一枚ですね。
 弊法人は江戸(東京)の地域ブランド「日本橋美人」のネーミングでも、多岐にわたる事業を展開しております。菊田館長にとって「日本橋美人」とは、どのような女性像を抱かれますか。


菊田 日本橋という地域の中で、由緒ある街の気質により育まれた女性であろうと感じます。現代的でありながらも江戸の仕草や心遣い、さりげない優しさを持ち合わせているのが日本橋美人だと思います。


■撮影:小澤正朗  ■撮影協力:ロイヤルパークホテル
■ヘアアレンジ・着付:橋本奈緒美  ■ヘアアレンジ・着付:衣裳らくや

  ※本記事は2017年12月15日時点の内容です。
 
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