このコラムは書籍『私の芸能生活六十五年』を、数回に分けて掲載いたします。
語り: 藤間 小紫鶴  聞き書き: 笠原 陽子

 

■生涯、現役で踊りたい

 

 

 踊り・芝居の魅力は何かって。
 そうね、何より今でなくて、昔の未知の世界に入れるじゃない。しかも、それはそれは美しい衣裳も着られる。
 あたしってね、鏡見ながら見とれちゃうんだから。鏡に向かって、なんとまあ、美しいんだろうって。
 昨日は舞妓さん、今日は芸者さん、明日はどんな衣裳かしら。
 いつもきれいだねって鏡に言うの。たまに汚いのもあるけどさ。笑わない、笑わない。
 それに芝居も、その時だけは、自分でない別な人になれるでしょ。例えば、憧れの山本富士子先生のほほを叩いたり、意地悪したり。
 大好きなスターとも踊りで手に手に取って道行も出来るし。
 現実離れした世界だわね。とにかく、お客様に見て頂いて、
あたしと一緒に、ひと時を楽しんでいただければ幸せよ。
 これから、どうしたいかって?
 いろいろ、やりたいことは、あるのよ。でも、やっぱり先立つものはお金なの。お金も無いし、今は、ほら、十一歳の孫を、押しつけられているでしょ。
 大変よ。この子にも踊りを教えているけど、今はサッカーに夢中なの。昔のようにさ、何でも、ただ、やらせておけばいいってわけにはいかないの。
 今は手がかかるのよ。
 それに、あたしも、お弟子さんや、ボランティアで外人さんなんかに踊りを教えたりしているから、日々、稽古は欠かせないの。日々、精進しないとね。
 ほら、だんだん、頭の回転も鈍くなるしさ、体も動かなくなるから、本を読んだり、ジムに通ったりそれなりに鍛錬してるのよ。
 それに、まだまだ、踊りたいしね。
 かつて、きらびやかな人生を送っていた女性が、すべてを失い老婆になり、気位だけは忘れずに、色香を漂わせながら踊る「檜垣」って舞いがあるんだけど。汚れた渋さの中に、ふっと美しさが、よぎる衣裳で、しっかり踊ってみたいのよ。 

 やっぱり、生涯、現役でいたいし、台詞のある舞台にも機会があれば立ちたいわね。

 

  
 
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