このコーナーでは、中央区にあり、区が所管する特色ある複合施設を順次紹介してまいります。その第一弾として、関東大震災後の「復興小学校」を再利用した複合施設「京華スクエア」をご紹介いたします。

■ 関東大震災後の復興小学校を再利用した複合施設「京華スクエア」


京華スクエア俯瞰写真

校庭

校庭にある二宮金次郎の像

産業振興のためのハイテクセンターや、シルバー人材センター京華コミュニティルーム、さらに早稲田大学エクステンションセンター「八丁堀校」などの施設を兼ね備えた京華スクエアは平成13年1月にオープンしました。

この京華スクエアは平成5年3月をもって閉校した中央区立京華小学校、京華幼稚園の建物を再利用したものです。当初、跡地利用に当たっては取り壊しの話もありましたが、区の財政負担をできるだけ軽減して、地域の活性化を図る活用方法を検討した結果、既存校舎を改修し利用することとなりました。

昭和4年完成のこの校舎が、新たに「京華スクエア」として生まれ変わることができたのは、建物の構造がしっかりしていたということも大きな理由の一つです。

■ 京華小学校の歴史


京華小学校創立当時の八丁堀地図(昭和51年発行「京華小学校創立75周年記念誌」より)

第二期木造校舎(資料提供:中央区立中央小学校)

明治44年 木造校舎での集合写真(資料提供:高橋富男様)

大震災後の仮校舎(資料提供:中央区立中央小学校)

昭和4年竣工の校舎(資料提供:中央区立中央小学校)

京華小学校は明治34年(1901年)に開校、木造校から始まり大正3年(1914年)に第二期の木造校舎が完成しました。

この校舎が大正12年(1923年)の関東大震災により全焼、教員の皆さんや生徒たちは仮校舎に移りました。この震災後当時の東京市は災害時の学校建築の重要性を認識し、東京市臨時建設局学校建設課の共同設計による「復興小学校」の建築を実行に移しました。

中央区にはこの当時建てられた「復興小学校」が京華小学校を含めいくつか残されています。中央小学校、泰明小学校、明石小学校、城東小学校、常盤小学校、明正小学校、また「京華スクエア」同様、廃校後に区の複合施設となった「十思スクエア」の十思小学校などです。

「復興小学校」の特徴は、

  • 耐震・不燃のため鉄筋コンクリート造三階建
  • 地域とのつながりを持たせるよう公園を隣接
  • 災害の際の救助・救援活動の拠点となること

などが挙げられます。

■ 「京華スクエア」の主な施設


平面図

研修室

中央交通事故相談所
角所長と深川相談員

エクステンションセンター教室

中央区立ハイテクセンター

中小企業が集中する地区であることから、中小企業の情報化、人材育成、企業間の交流の促進など、区内産業の振興を図り、研究開発や業界団体の核となる施設。

一階 展示場・展示準備室
二階 研修室(20名が同時に学べるパソコンシステムを設置)
会議室(第一会議室…定員30名、OAフロア 第二会議室…定員45名)

利用状況は良好で今春まで予約が入っている。

京華コミュニティルーム

町会・自治会活動や地域の方々の相互交流、会員の方々の活動など地域活動の場として利用できる地域自主管理型の施設。ダンスなどのサークル活動にも利用されている。

中央区シルバー人材センター

健康で働く意欲と能力のある高齢者にふさわしい仕事を、企業・家庭・公共団体等から引き受けたり、臨時あるいは短期の求人に対し職業紹介などを行う公益法人。

中央交通事故相談所

財団法人東京交通安全協会の相談所で、弁護士と相談員2名が交通事故の相談に応じている。最近は自転車による事故のトラブルが増えているとのこと。

早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校

早稲田大学のユニバーシティ・エクステンション(大学の研究・教育の成果を広く一般に開放する)を本格的に推進する組識として、昭和56年に発足した社会人向け生涯学習機関。八丁堀校では、外国語・ビジネス・生活の講座の他、土地柄を反映し“江戸”“東京”を意識した講座を開き、人気を得ている。

その他に、地域の文化及びスポーツ等の振興を目的とする登録団体に貸し出しする体育館や、町会会議室、倉庫、防災活動資器材庫、防災用備蓄倉庫、リサイクル資源置場、消防団分団庫などがあります。

■ 京華小学校卒業生「京華スクエア」を語る


京華コミュニティルームの管理運営委員会
小畑榮三会長

京華コミュニティルームの管理運営委員会の小畑会長は、昭和2年に京華小学校をご卒業されました。当時はまだ鉄筋の校舎が出来上がる前で、仮校舎でのご卒業だったそうです。

実際に今残されている校舎での就学経験はお持ちではなかったのですが、ちょうど在学中に新校舎の建設が始まり、卒業して2年後に新校舎が完成、その時はうらやましく思われたそうです。しかし、建物は変わっても木造校舎から関東大震災を経て、仮校舎へと移っていった京華小学校での体験は小畑会長の胸に今でも鮮烈に残されていらっしゃいました。

今回の「京華スクエア」について「“京華”の名前が残ったことはとてもうれしいこと」と語ってくださいました。また、「京華スクエア」としてリニューアルした校舎のオープニングに併せて、京華小学校の同窓会を開き、当時の思い出を語り合ったそうです。

清水建設に勤務する鈴木欣明さんは昭和57年の卒業生。曾おじいさんから四代にわたり八丁堀に住み、お父さん、お兄さんと共に京華の卒業生とのこと。「母校が廃校になったことは悲しいことですが、建物がそのままに残され、地域に密着し、貢献できる施設になったことは喜ばしいこと」と今回の再利用について語られました。