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■ 1月1日発行  このページの先頭へ
地域の人の相互扶助により
健康と医療は支えられる
「健康と医療」テーマに新春座談会
 平成21年の年明けは、残念ながら100年に1度と言れる金融危機に加えて、人生にとって肝腎要の社会保障の行方が定まらず、あげくお産をする母親が自分の産んだ子を見ることなく亡くなるという惨劇も暗いベールが下りたまま年明けとなった実感をもつ人も多い。国会は与野党混乱劇が相も変わらず続いている。こうした中、昨年末に区民3人と立石都議とで「健康と医療」をテーマに本紙主催の座談会を企画。出席者は、鉄砲洲神社の宮元大神輿総代でPTA会長も歴任している湊の高安雄次郎氏、ソプラノ歌手で中央区第九の会の合唱指導をされていて2児の母親のこばたけ(小畠)エマさん、ニュージーランドのワンガヌイボーイズカレッジを卒業してITの会社を経営している荻野貴雄氏の顔ぶれ。今の日本の制度を批判するよりも、中央区の生活者としての実感こもる充実した、しかし未完の座談となった。4氏ともに中央区に生活していることに誇りをもっていることでは共通認識をもっていて、それを子どもたちに伝えていける新しい環境、システムを築いていこうと確認し合った。国の制度も結構なれど、やはり隣近所をもういちど見直してみることが必要なのかも。正月年始めのご参考に。

健康な体って気合じゃ無理
 健康と医療というテーマで話し合いたいと思います。まず、日頃、健康のためにしていることありますか。
 高 安 血圧の関係もありまして、女房と一緒に約1時間ぐらい駆けて歩いてました。祭りも終り、盆おどりも終ったので週に3日間ぐらいジョギングというか、早足で歩いております。あと、健康という点に関してはなるべく積極的にいろんなことに参加して、そこでストレスをためないということが、私の健康の方法と思います。
 こばたけ 私はやっぱり、口に入ってくるものは気をつけています。イタリアに行った時、6か月で10キロ肥ってしまったんです。それはもちろん、取り戻したんですけど、おいしいからといってあまり食べ過ぎると、すぐに実になってしまうんで気をつけてます。あとは人より早いスピードで歩く。なかなかスポーツする時間がないので。あとはですね、まっすぐ立つ。私は歌の仕事をしていますので、すごく大事なんですね、声を出すために。でもやっぱりパソコンの前に向うことが多かったり、どうしても体に力が入ってしまう。歌わなきゃならない時には真っすぐにしようとすると腹筋と背筋で真っすぐにと作るんですよ。ある時、アドバイスしてくれる方がいて、「骨で立ちなさい、骨格で真っすぐ立ちなさい」と言われ、そうすると、お腹や背中にすごい力かけないでも真っすぐに立てるようになると、気持が朗らかになって割と自然体で立っていられるんです。一生懸命に生きている人は、ちょっと前かがみで歯もかみしめてしまう。骨で立つと視野も見えるようになって何か楽になります。
 立 石 人の体って640の筋肉があるそうなんですが、その一部分しか使ってない。放っておくとその筋力はヘロヘロになっていくんです。その640の筋肉をきちんと活性化する、目を覚ます、使うということを教わってね、あっそうか、と思いました。足の指にしても、親指と小指は動いても真ん中の指が突っ張ってないと立っていられない。そういう点を意識していると疲れがなくなってね。自然の摂理というか、人間ってクセがありますから。
 荻 野 今年の5月まで実はプラス15キロありまして、今67キロなんですけど82キロあったんです。もう腰が痛くて立てないくらいつらかった。医者から「あんた、やせるしかない」と宣言され、食事はあまり制限しなかったけど、1日10キロぐらい走りました。初めは走れなくて、3キロぐらいから5キロ、7キロと今は週に2回ぐらい10キロ走っています。それをやり始めて、体の無駄な贅肉がだんだん落ちて、体が楽になりました。腰は全く痛くなくなりましたね。あと、毎日、腹筋運動を50回、疲れてないときは100回やったり少しずつ体を動かすようにしています。本を読んでいたら、「きれいに歩く人はきれいに走れる。マラソンをうまく走れるひとはきれいに歩いている」と書いてあったんです。走れることイメージしながら、すぐに走れるよう歩く、というのを今、心がけています。
 高 安 病院の検査結果でチャック項目が5ぐらいあるんです。降圧剤もらってるもんですからね。毎回続けるってことは、気合では出来ませんからね。
 荻 野 毎日、体重計ってると、簡単に落ちていくじゃないですか、簡単に落ちていく過程が楽しくなってくるんです。計って落ちない日は悔しいというか、じゃ、今日の分も落としてやる、とかとなるんです。
 立 石 気合じゃ体重は落ちないですね。精神主義じゃ駄目。スケジュールはウソつかないっていう主義で日程に書くんです。
 高 安 家の一階で店やって上に住んでますから歩く時間が少ないんです。通勤なさっている方は必ず歩いている。たまたま用事で地下鉄に乗ると脇から歩いてくる人に負けまいと思って、追いつこうとするんだけど、ふだんの運動不足は否めない。何が原因かわかってんだけど、そこに到達することはやってやれないことじゃないけど。ついつい甘えてね…。

高安 雄次郎氏
昭和23年生れ。鉄砲洲稲荷神社宮元大神輿総代。湊1-8-12。
こばたけ エマさん
東京芸術大学声楽科卒。ミラノ音楽院留学「蝶々夫人」でデビュー
荻野 貴雄氏
昭和49年新川生れ。ニュージーランドの大学卒。蛎殻町で自営業。
立石 晴康氏
都議会議員連続7期生。昭和16年生れ。明治大学大学院修了。


安心して産める病院と環境を
 最近、お産で病院に駆けつけても、いわゆるタライ回しされて、そのあげく母親が産んだ子を見ることなく亡くなるといった痛ましい事故がおきました。さらに老後の医療もおぼつかなく、生きることの保障に不安を覚える嫌な時代になってきた感じもしますが、どうでしょうか。
 高 安 昔は近所にお産婆さんがいて開業している方もいらっしゃいました。家族も二代、三代という形で、おばあちゃんが一緒にいる時代で、すぐにお産ができた。今は核家族になってきて、それぞれ所帯もったときに相談相手や経験者がそばにいないことが、ひとつの要因と思います。これから後期高齢社会になっていくことは否めないことですが、年とっても働けるような状況を作らなきゃいけないし、課題はいっぱいあると思う。いざ直面した時、とっさに何が出来るかESDは区民館や学校は時間になると閉まってしまうので、応用できる場所に置いてほしいですね。また、自分ひとりで悩まないで、身近に相談できる人と場があると救われると思います。
 こばたけ 私も出産を2度経験しまして、ほんとうに1人目と2人目とでは、お産が全くちがいます。皆さんのお話うかがうと、それぞれドラマがあるんですね。区内では築地産院が閉院になってなくなって、身近な助産院さんと相談して自宅で産む、そんな流れも出ているようです。そうは言っても、昔のように粗食でよく働いて農作業してるぐらいのほうが安産なんですね。今、運動不足だったり栄養が過食すぎたりして、かえってハイリスクな出産することが昔より多い。ですから安心して産む病院と産む環境が整ってくると、少子化に歯どめがかかるんじゃないかな。保健所の問題もあると思うけど。
 高 安 昔は(妊婦は)よく働けと言われたよ、お腹の子が安定してくるってね。ちょっとしたアドバイスがヒントになるんで、それは智恵だと思いますよ。
 こばたけ 病院って、お医者さまによって主義主張が変るじゃないですか。病院の効率性、利便性、流れが決まっていくようなこと、なくはないんですが、そうすると、お母さん同士の、他の病院ではどうしてくれたとか、そういう話題を語り合うような機会があるといいんじゃないかな、と思いますけど。

「名医」は実は近所にいるもの
 荻 野 うちは核家族に逆行してまして、家族が寄り添って同じ地域に住んでいるような、父と母、兄夫婦、親戚が。そのおかげで、いいところといえば、すぐに助け合えることで他所に行くにも誰が運転という具合で。世間とか回りを見ていくとあまりそういうこと多くないと感じられるようになってきた。昔は地域の中に何んとか医院とか固定された先生がいて、ずっと診ていただく環境があったと思うんです。そういうことなくなってしまって、私の住んでいる蛎殻町でもクリニックはいっぱいあるけど、派遣されて、院長先生すら派遣されている病院ばかりで、ほんと、半年に1回ぐらい先生が変わるんですね。もういちど自分の状況を全て話さなきゃならなかったりとか、そういう状態になっていて、ぼくは若いからいいけれど、70歳80歳の年寄りだと前の状態どうだと聞かれても困るわけで、今までは「何とかさんのおばあちゃん」で済んでいたのに、地域の病院がだんだん貧弱になってきているようです。地域病院が出来れば昔のように安心できるのにな、と思いますね。逆に、40歳50歳までは勤務医でいて、60ぐらいになって開業ができるようにする制度になるといいと思いますが。
 立 石 日本橋医師会の新年会に昨年、呼ばれまして、先生方の本音を聞かせてもらいながら、あゝそういうもんなのかと思いました。たとえば人形町で開業されている先生は88歳、米寿を迎えられて、私も若いときから診ていただいた、とてもいい先生なんですが、88歳なんで耳も遠くなったし、定年退職して中央区を越そうかと思ったけど、ふるさとの中央区以外に行きたくないと言うんで、勝どきの何とかタワーに越したらしい。その先生も実感されてていま荻野さんが言ったみたいに「小さい時から、皆んな診てるから」ってね。医師会の先生と話していて、もう皆んな、わかるわけよ。大病院が安心なようだけど、実はそうではなくて、近所に先生、名医がいっぱい、いらっしゃる。ぼくの家内が座骨神経痛になって、近所の女医さんがぼくの所に、わざわざ夜中に往診に来てくれて、ブロック注射打ってくれてね、それまで痛がって歩くのに苦労していたけど痛みがとれて、今は筋肉が緩んだので一生懸命リハビリしています。ご近所に名医がいることがいいんだと気づくべきだね。もう一人の88歳の士岐先生は今なお元気で、気概で立ってんだね。
 行政としても、このところ、かかりつけ医の必要性を説いているんだけどね…。
 立 石 患者の側がどう利用するかが大事なんだね。ぼくの友人の医学部の秘書がいて、彼女に教えてもらったことがあります。出産して1千、2千のうち、自然の摂理だから失敗はありますよってね、これをいちいち訴えられたら、怖くて仕様がないから若い人は産婦人科になりたがらないと言うんだね、ふだんから、お付き合いをしていて「やばい」と思ったら自分の上司の先生に相談してみる、というの、すごく大事だよね。地域医療とか地方政治、ローカル紙がすごく大事なのは、そういうことなんで、近所のお米屋にしても同じなんですよ。
 こばたけ 月島に住んでるんですけど、お医者さん、あのあたり多いんですね。私は高校生の時から鼻のアレルギーがあって、とても苦労したんです。ノドを使いますんで、往きつけの耳鼻科がないと心配で仕様がないんです。こちらに越してきてから、100メートルぐらいの所にありまして、ひどくなっても、そこに行けば絶対大丈夫なんです。横浜に住んでいたこともあるけど、月島はお医者さんが充実していますね。あるとき、母親が「なにか、しこりがある」と言うんで、かかりつけのお医者さんに行ったら、「これは、すぐに大病院に行ってください」といって紹介状を書いてくださって、10月に見つかって、12月に手術をして、クリスマスに家に帰ってきて、乳ガンだったんですけど、やっぱりスピードですね。これがもし大病院だったら、行っても予約が2か月先っていうことありますから、大変なことになっていたかもしれない。やっぱり、お医者さんとこちら(患者、家族)の人間的なつながりがあったほうが、特にお年寄りは心を開かないとコミュニケーションもとれないのですから、かかりつけ医って大切ではないかと、ほんと思いますね。
 立 石 若い時は、地域なんて関係ないよって皆んな言いますよ。若者が不埒(ふらち)だと思っているのは、大人たちの偏見で、清潔で、素晴らしいものを青年って持っていて、だからその時にこそ、中学生、高校生の時にこそ、介護ということを体験されたらいい。あんなにお元気だったお年寄りが、こういうふうに足が弱くなってしまった、こういうふうに自分の腹筋で立ち上がれないのか、ということを、それこそいい意味のボランティアを単位にして学校でやるといいんです。近所の友達が郊外の野菜を持ってきて、「こんなに小さな種を蒔いたら、これが出来たんだよ」「半年で出来たんだよ」「3月で出来たんだよ」と。そのとき、大地ってすごいんだ、人間って謙虚でなければいけないんだなと思いますね。だから、ものすごく遠くに誰かがいるんではなくて、近所の人をもういちど見なおしてみると、博士っているんですよ。中央区って、特にそういう所かもしれませんね。

「親父の会」が学校の助け船に
 立石さんから「今どきの若者」の話がでました。これからの子どもたちについて、思うところをお聞かせください。
 高 安 今の子どもたちは塾通い、家の中ではゲームと、もっともっと外で体を動かしてほしいね。今はマンションが多くて、上にあがると降りてこない。我々の時代は2階建てが大半だから、緑台将棋して、大人の目もありましたよね。怖いおじさんもいて環境が整っていた。人口11万になって、そのへんの調和とれるといいんですが。学校の中に年寄りと憩える場所と機会をもっと作るといいですね。
 こばたけ 今の子どもは忙しいですね。習いごと、塾で、遊び時間ふやしてあげるにはどうしたらいいか。狂人的な受験これは間違っていると思うんです。自分の子どもを公立で育てて、通学区域を歩いてみると、中央区はお年寄りも多いし、他の山の手に比べれば大人の目ってあると思います。地域の祭りや行事も多いですし、若者が屯(たむろ)して地べたにしゃがむ、そういう姿を見ないですね。だからほんとにこの地域で安心して育てられると思って中学も公立に進ませようと思っています。小中学校と公立に通えば郷土への愛情もできますしね。他から越してきて18年になりますけど、ここが気にいって、私も親も妹も皆近所に住んで、寄ってたみたいで、意外にそういう方、多いんですね。第2世代というか、新しく越してきて、ここをふるさとと思いたい若い人って多いと思うんです。だから、そういう人の子は地元の中学校へやろうよと言うの。そうしたら、子どもにも時間ができて地元の行事に参加していきますよ。
 高 安 子どもは親の顔色見ながらものを言いますから。親が学校に、「子どもがこう言っている」といっても、子どもは親にいい顔しようと思うから、多少のことは差し引かないとね。そこで我々は「親父の会」というの作ったんだけど、そこで、お父さんはお母さんの言うこと聞いてあげて、父親はふだんは学校に行けないから、それはちがうよで収めること、よくあるんです。
 立 石 親父の会ってどういうの、ぼく子どもいないんでね。
 高 安 お父さんいない子もいるから、どうかなって、いろいろ悩んだんですけどね。PTAの会長が終った翌年、新しい校長が日本橋から就任してきた時に、月に1回第1木曜日に校長、教頭に学務主任も出席して始めたんです。いじめられ泣いて帰ってきたと言うんです。母親は子どもの言うことが全てだと思うけど、我々は第三者的に聞くから、最後には分かり合えるんです。お母さん方が学校で耳にするのは、また聞きだから変ってしまうんです。
 こばたけ それは先生にとっても心づよいですね。若い先生にもね。子どもの言葉はしっかりとらえてということですね。
 高 安 よく聞いてあげるとわかるんです。親父の会が終って、一杯飲むと心割って話し合え、心と心が通じあって、悩みも聞いてくれてね。
 立 石 そういえば、月島第一や勝どきでも、ありますね。そういうこと、すごく大事ですね。今はコンプライアンスばやりでしょ、度がすぎるとコンプライアンスは公害なんだね。その行間の中に情念というか情感が錯綜して法律だけでは解決できないんじゃないですか。そういうものはやっぱり、ノミニケーションとか語り合うことによって男性でも女性でも分かり合える。コンピューターはさっと決めてしまうのは道具に使われてるのと一緒だから。そこで、去年の暮の紅白歌合戦に日本橋中学の吹奏楽団が出ているんですよ。これ、すごいことですよね。
 高 安 中学の同期会は毎年やってます。大きいの(同窓会)は4年にいちど、オリンピックの年にやるけど、毎年2、30人集まります。うちの兄と妹は私立で、入りこめないね。
 荻 野 友達が皆んな遠い所なので、結構メールで話すんですが、このあいだメール書いて思ったのは、メールをそのまま文章にしていくと、あとから読むと恥ずかしい文章で、そこを削っていくと全く自分の気持ちが入ってない。メールって便利でコミュニケーションとりやすい気がするんだけど、実感は電話や直接会って話しても、空間というか、言葉と言葉の空き方だとか、それだけでわかり合えて、大事なことなんだとわかって、だから最近は直接、顔を合わせて話すようにしています。今まで、便利なほうへ便利なほうへとITといわれる方向へシフトし続けていたものが、揺り返しが起きていて、それじゃ面白くないだろう、それじゃ本当の感情が伝えられないだろうという揺り返しが、おきているのかなと思っています。ノーベル経済学賞に輝いたプルーマンさんは「ITは他のところでコストがかかっていて、無駄がいっぱいあるから生産効率は実は上がらなくて同じなんだよ」と言っているんですね。ウラサイトとかでいじめがありますが、「あなた嫌い」と文章で書くのは大変だけど、簡単に書けちゃうんですよね。何かを習熟するにも時間があまりかからないで済む気がしてしまうんですね。
 こばたけ 音楽の世界って苦節10年20年の世界ですから、そういうことに子どもが慣れてないので、ちょっとづつ、長く努力していくこと伝えていきたいですね。
 高 安 それとね、途中で挫折することが大事なんだよね。行きつくまでの困難をのりこえていくためにね。
 本日は貴重なお話ありがとうございました。


 
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