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日本橋トップインタビュー

HOME > 日本橋トップインタビュー > 江戸東京博物館館長、徳川林政史研究所所長、日本博物館協会顧問 竹内 誠
日本橋美人新聞No.24夏秋号(2011年)掲載
美人は日本橋で創られる

江戸東京博物館館長、徳川林政史研究所所長、日本博物館協会顧問 竹内 誠

 
インタビューアー:山田 晃子
日本橋美人推進協議会 プロデューサー
日本橋OLクラブ部会長
ヤマダクリエイティブ代表取締役

 


竹内 誠
江戸東京博物館館長
徳川林政史研究所所長
日本博物館協会顧問
好きな言葉…
温故知新.
山田 本日は、江戸東京博物館の竹内館長をお訪ねし、日本橋と日本橋美人についてお話を伺います。江戸東京博物館は平成5年の開館から、再来年には20周年をお迎えになるとのことですが、この間に果たしてきた役割と、今後のビジョンについてお聞かせください。
竹内 当博物館は、来館者に江戸と東京の庶民の暮らしを生き生きと分かりやすく、身近に伝えることを目的に、開館より今日まで特に江戸ブームの牽引役として貢献してきました。年間の来館者数が150万人に達している背景には、かつての東京や江戸に、殺伐とした現代社会が忘れてしまった、日本人の素晴らしさを感じられるからでしょう。
 節目の年に向けてのリニューアルは「楽しみながら学ぶ」をコンセプトに、そして見終わった後に「心に残り、得るものがあった」と感じていただける展示構成を心掛けていく所存です。
山田 我々現代人が学ぶべき江戸の文化というものは多々あると思いますが、竹内館長はそれらをどのようにお考えでしょうか。
竹内 江戸時代の暮らしや文化には「自然」「物」「人」との共生という3つの特徴がありました。
 例えば、夜には煌々と電気が灯る現代では「月」は忘れがちな存在ですが、当時は暦を計り、四季折々に愛でる対象でした。江戸時代には自然と人間が折り合うことで人々は多くの恩恵を受け「自然との共生」をしていました。
 また、大量生産大量消費の現代では「もったいない」という意識が希薄で、使えるものも簡単に捨ててしまいます。しかし、何でも手作りだった江戸時代は「神は細部に宿りたもう」の言葉どおり、物には職人の魂が込められていると考えられていました。捨てるという行為も針供養や櫛供養のように深い観念があり「物との共生」をしていたと言えるでしょう。
 「人との共生」という点では、江戸時代の長屋に見られるように、他人を前提とした「和」を重んじる暮らしがあったということです。困った時には相互扶助が当たり前のように行われていました。
 これら3つの共生は、現代人が必要としている江戸の叡智であり文化といえるでしょう。
山田 竹内館長は日本橋人形町のご出身と伺っていますが、当時の思い出などはいかがでしょうか。
竹内 私が子どもの頃の日本橋には、江戸時代から続く一流の大店がずらりと並び、各地から多くの人が観光やショッピングに訪れていました。生家から日本橋までは徒歩で15分位でしたが、白木屋や三越に出掛ける時は、子どもながらに正装をさせられました。近所に住んでいる人でも、日本橋は先進性のある特別な場所という空気がありました。デパートの帰りは、日本橋魚河岸跡にできた寿司店に向かうのがお決まりのコースで、川沿いの定席からは直ぐ下に日本橋川が流れ、美しい日本橋の上には人々が往来する姿が見えました。橋と川が周囲の建物と調和した美しい景観が、今もなお、私の心に深く刻まれています。
 今振り返れば江戸東京博物館の開館時に、館内に本物の日本橋を架けようと私が主張したのも、幼い頃に憧憬した日本橋へのノスタルジーがあったからかもしれませんね。

 

山田 今の日本橋を思うと夢のような光景ですね。日本橋地域の再生にとって、どのようなものが必要でしょうか。
竹内 まず「伝統的地名の復活」をお薦めしたいと思います。町村合併や区画再編、住居表示に関する法律制定などで消滅した伝統的・歴史地名にこそ、江戸時代からの由来や成り立ちが込められています。郷土に根付いた地名を大切にすることは、歴史を学ぶことであり郷土愛を育てます。
 つぎに「日本橋に空を」ということです。かつて日本橋を中心として賑わってきた日本橋地域全体が、今は、日本橋の上に架かる首都高速道路があることで、分断されてしまっています。誰でもトンネルの中に長く居たいとは思わないでしょう。また首都高速道路を取り除くことには、戦後の都市交通計画の全体を見直すという象徴的な意味があります。
 また観光の名所として「江戸城を再建」し、江戸城から日本銀行、日本橋へと繋がるエリア一帯を「セントラルゾーン」と位置づけ、面で展開したらどうかと私は考えています。武家50万人、町人50万人といわれた江戸の街の武家の象徴は「江戸城」、そして町人文化が花開いたのは「日本橋」だからです。そもそも下町とは「お城下町(おしろしたまち)」、つまり江戸城の直下という意味で、将軍のお膝元である日本橋周辺を指します。  
 そして更に付け加えるのならば、来訪者にもう一度訪れたい、住んでみたいと思っていただけるような、日本橋の「おもてなしの心」が日本橋の再編成の底辺にあるべきだと思います。
山田 2011年10月21日(金)〜11月8日(火)に行われる「江戸で彩る"Japan Beauty from Edo-Tokyo"第4回日本橋美人博覧会」では、主催者一同が常におもてなしの心で来訪者をお迎えするように心掛けています。今年のテーマ「江戸の美意識」についてどのような見解をお持ちですか。
竹内 江戸の美意識は”粋“に代表されると思います。では粋とは何かというと、さまざまな説がありますが、哲学者の九鬼周造氏が『「いき」の構造』という著書の中で、粋とは「垢抜けして張りのある艶っぽさ」と定義しています。また、江戸時代の文献を見ると「粋」「意気」「いき」以外にも「好風」「好雅」に「いき」とルビがふられています。更に興味深いのは「程」と書いて「いき」と読ませている点です。このことが象徴しているように私は程をわきまえる「程ほど」が粋の条件として加わると考えます。つまり、粋とは自己でなく他人を前提とするスタイル、他人に不快感を与えない生き方ともいえます。
山田 竹内館長にとっての「日本橋美人」とはどのような女性でしょうか。
竹内 美しさを見せびらかすのではなく、教養や品性が自然と醸し出される明るい女性でしょうか。垢抜けして張りがあり、程をわきまえて謙譲の美徳を備えている女性、それが日本橋美人だと思います。
山田 私たちも江戸の文化に学びつつ「日本橋美人」を目指し、輝いていたいと思います。

ファッションポイント
ゆかた:日本橋美人ゆかた
「日本橋美人ゆかた」に、半衿とお太鼓を締めて、着物風に着こなしました。素肌に羽織る浴衣は遊び着の定番ですが、着こなし次第で街着としても通用します。
紺白の浴衣にベージュの麻の名古屋帯をすっきりと合わせ、東雲色の三分紐の色味と透けた帯留で涼やかさを演出します。
白い足袋を履き、おしゃれで落ち着いた大人の雰囲気を漂わせるコーディネイトです。

撮影協力:ロイヤルパークホテル www.rph.co.jp
衣裳協力:源氏物語 堀井株式会社 http://yukata.net
着付協力:花影きもの塾 www.hanakagejyuku.jp
撮  影:吉川信之
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