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伝統的食文化の行方を、築地魚河岸の現場からお伝えします 魚河岸発!
今月のテーマ:鉄砲はあたらない!

 いよいよ冬でございましすね。冬の味覚といえばフグ、ですな。アタクシはもう大好きでして、フグというこの2文字に軽くロマンすら感じるほどでございます。
 さて、今回は築地のフグ屋から、フグ料理に舌鼓を打ちながら、この人生ギリギリの味と申しますか、フグの魅力についてお話していきたいと思います。
 あ、さっそくフグ刺しが出てまいりましたね。実に薄いです。この薄さが値打ちでしょう。
 !!(舌鼓)
 なんていいますか、このスーッと遠くへ連れて行かれるようなおいしさとでもいいましょうかね。実にたまりませんなあ!

“はじめてフグにあたった人”

 本当はこれ、フク(福)といいまして、フグってえのは江戸っ子なまりだそうですよ。このフグ、いやフクはそのおいしさよりも恐さのほうが多く語られます。フグで命を落としたなどというお話をアタクシの子どもの頃には世間でずいぶん聞いたもんです。実際にアタクシの父親から聞いたお話ですけど、友人の食通の人がフグで亡くなったと。まじない通りに砂にもぐったけどダメだったなんてね、本当にもぐったのかな。まあ、そんな話をきくとフグの恐さなんてものも身近に感じちゃうわけですね。
 果たしていつ頃から日本人はフグを食い命を落としたものか調べてみました。ものの本によるとですね、意外にもずいぶん前からフグでまいった人がいたことがわかりました。
 その人というのが今から6千年前に日本に住んでいた縄文人さんなんですね。ある遺跡の竪穴式住居のなかから折り重なるように出土した人骨には、何とフグ毒に当たったと覚しき形跡が確認されたんです。
 その当時の人たちがフグ毒の知識があったかどうかは分かりません。でも、きっとそれがおっかない魚だということはウスウス気づいていたことでしょう。かれらもまた現代の我々と同じように、恐いけど、そのおいしさの魅惑には勝てなかったのでしょうか。
 家族団欒の竪穴式住居にフグを囲み、おっかなびっくりな気持ちで、
 「・・・いいか、食うぞ!」
 「ウグッ」
 「バクッ」
 「くうぅ!うめえ。こいつあこたえられねえ。だから縄文人とフグはやめられねえ!」
 「まあ、おいしいわ、アナタ。この味にしびれる心持ヨ。もうシビレてシビレて、とまらないハ。ブルブルブル!」
 「お、オレもビリビリ来ちゃうぜ。ビリビリビリ!」
 「ブルブル・・・!」
 「ビリビリ・・・!」
 ンガッ!! 
 
 まあ、そうして果てたんでしょうな。

“テッポウ、トミ、キタマクラ”

 テッポウ、トミ、キタマクラ。これらはなにかというと全部フグのことなんですね。フグの毒が危険だよという符丁です。
 テッポウというのはご存知でしょう。関東では「テッポウ鍋」といいますから。「当たると死ぬ」から鉄砲に例えてそう呼んだといいます。でも、むかしの鉄砲は精度が低くてなかなか命中しない。そこで逆説的に「うちのはなかなか当たらない」という意味で「テッポウ」と名前を掲げた料理屋もあったといいます。
 トミ。これは江戸末期に大変に流行した“富くじ”。いまの宝くじのようなものですな。これもまたなかなか当たるもんじゃない。そこで縁起をかついでフグ料理を「トミ」と呼びました。
 それと逆にキアマクラというのは死んだ人は北枕に置かれることから、死んじゃうくらいおっかない魚としてそう呼ばれました。
 むかしからこの美味しい魚を前に、フグは食いたし当たる恐し、ということで二の足を踏んでいたのがわかりますが、それはともかくとしてこのテッチリというのがですね、実にこの、ほひほひはひ、ほへほへ んっ、んまい! 

 ふわあっ!

“豊臣秀吉のフグ禁止令”

 豊臣政権の後期、秀吉は十六万の軍勢を朝鮮に出兵させました。「文禄の役」です。
 生涯かけた一大計画に先立って秀吉は肥前名護屋浦に城をかまえ、ここを拠点に用兵を集めます。太閤の号令に全国から我こそはという猛者がはせ参じてまいります。ところがこれらの兵士がなぜかバタバタと死んでいきます。やって来たときにはすこぶるつきの元気者なのですが、みんな城に入ったとたんに次々に斃れてしまう。そのために一向に兵隊が集りません。 いったいこれはどういうことか。不思議に思って調べてみると、何とかれらはみんなしてフグの毒にあてられていたということが分かりました。
 それはこういうわけです。肥前国に行くためにはどうしてもフグの産地である下関を通らねばなりません。フグが美味いことは、これはもう誰もが知っています。しかもこれから戦地に赴こうという気概の連中ばかりです。「当ててみるなら当ててみろい!」とばかり、好んで食いあさりました。なかには内臓までもむさぼり食った者もいたというから大変な者です。まあ、どんな強気な者であっても、それと関係なくフグ毒はやってきますから、片っ端から「大当たり!」と相成ったわけでございます。一説には一万を越える死者を出したといわれますから、大災害にも匹敵する惨状でした。
 これにあきれた秀吉は「フグを食うことまかりならぬ」と禁止令を発したといいます。
 一 フグを売りさばいた漁師、これを買い食べた者は謹慎五日
 一 これをもらいうけて食べた者は謹慎三日
 などというキツイお達しを受けても、それでもやめられないフグっ喰いが大勢いたというから立派なものですね。それというのもこの「ヒレ酒」の味わいのせいかもしれませんな。こいつをぐびっと飲ると身体がほくほくと温かくなってまいります。

 くぅーっ!! 

“一匹のフグで何人殺せるか?”

 さて、恐い恐い、といわれるフグですが、いったいその毒ってのはどのくらいの威力をもつのでしょうかね。何でも毒力を示すのに「マウスユニット(MU)」という単位があるそうで、これは体重1グラムあたりのマウスを殺すのに必要な毒を1MUとするものだと。ちょっと分かりにくいですが、大人一人平均20万MUというのが致死量だとされています。
 食用として用いられるマフグはどんなものかというと、その総毒量は何と650万MU! 実にマフグ1匹で32.5人を殺すことが出来ちゃうというから、恐るべきはフグ毒ですな。
 ところで誰もが疑問に持つことですが、フグはなぜ自分の毒でまいってしまわないのでしょうか。実はフグの肝臓からシスティンという一種のアミノ酸が大量に検出されまして、この物質がどうやら毒素を中和するために、フグは自分の毒で死なないのではないかと、ものの本に書いてありますね。
 このように毒性の強いものだからこそ、食ってやろうじゃねえか。征服してやる、みたいな気持ちになるのが日本人なんですかね。食用として向かない魚を美味しく食べられるように工夫するという先人の知恵と勇気はこの恐ろしいフグ毒すらも克服してしまいます。それがフグの卵巣の糠漬け。猛毒を持つフグの卵巣を1年ほど塩漬けにし、そのあと4年間糠漬けにする。都合5年をかけると、アラ不思議。すっかり毒気を抜かれた卵巣がコクのある珍味として変身してしまうという荒業。何でも糠の酵素がフグ毒を食っちまうからだそうですが、なぜそうなるかは分からない。分からないけど食ってもあたらないからいいじゃん、ということで、何もそこまでして食べなくても、と思いますが、石川県の郷土料理なんですね。ぜひいちど食べてみたいな。

 ここで威風堂々と白子の登場です。
 焼き目もうれしいこいつはポン酢で、ほほほほほっと。表面がカリッ、中がとろりとクリームチーズのように、ね。ポン酢てえか100人のバリー・ボンズが舌の上でホームランを打ったような味覚というか……くうっ!

 今回はフグ毒は恐いなんてお話をいたしましたが、本当にフグを恐がって食べる人なんていやしないでしょう。まあ心のかたすみでちょっとだけ心配してみると、そのスリルがフグの美味しさをきわだたせるかもしれません。この冬はみなさん命くらいかけて、この微妙な味わいをお楽しみになってはいかがですか。

 

 

生田與克―いくたよしかつ
1962年東京月島に生れる。
築地マグロ仲卸「鈴与」の三代目として築地市場で水産物を扱うなかで自然の恵みの尊さ、日本特有の魚食文化の奥深さを学ぶ。
現在、講演会などを通じて魚食の普及に努めるほか、ホームページ「魚河岸野郎」を開設。魚河岸の歴史と食文化を伝える“語り部”として精力的に活動している。

「築地の魚河岸野郎」
http://www.uogashiyarou.co.jp/


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2005年11月掲載記事  
※内容は、掲載当時のものとなります  

 

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