葛飾北斎 本所立川(冨嶽三十六景)

立川(竪川)は本所にあった地名で近くには竪川が流れ、川の両岸には材木問屋が並んでいました。その風景を描いた本図は「冨嶽三十六景」の完成後に、追加で出版した俗に「裏富士」と称される中の一図です。葛飾北斎が得意とした遠近法を駆使した画面の中には、版元・西村永寿堂(にしむらえいじゅどう)という名がそれとなく登場しています。