首都移転 その根拠を再検討

 首都移転問題は、平成2年に国会決議をしてから12年目に入った。この間、バブル経済が崩壊して国民の関心がうすらいでいく一方にもかかわらず、衆議院の「国会等の移転に関する特別委員会」は今年の5月を目途に移転先候補のしぼりこみをしようとしている。こうした動きに対して東京都は、審議の基礎になっている調査資料は現状にそぐわないとの判断から、独自に再検証・見直しをした。その結果、移転に要する費用は20兆円をこえる莫大な額に至り、しかし移転の新都市がこうむる財政負担は測りしれないこともわかった。さらに、首都移転の根拠に、東京一極集中による弊害が解消され、東京の災害対応が強化されるとしていたが、このことも今回の検証では根拠のないことと判明。むしろ国はいま計画されている羽田の国際空港化などのアクセスの都市プロジェクトを実現することで、国の混迷する経済状況を打破する道が開かれると主張している。都の検証の内容をまとめた。

20兆円をこす移転費用
移転費用の再試算

 国会等移転審議会(以下、審議会)は、平成9年7月に、首都移転に要する費用を約12兆3,000億円と試算している。
 しかし、試算の前提条件などを検証したところ、試算内容に漏れがあり、また、事業単価などについても、最近の実施例などを用いて再試算を行うと、移転費用は約20兆1,000億円にのぼる。

官庁負担の見直し

 審議会では、移転費用に12兆3,000億円のうち公的負担額を4兆4,000億円と試算しているが公務員向け住宅の建設費の半分を民間負担としたり、国による補助制度の存続を考慮していないなど、公的負担額が少なめに試算されている。
 移転費用の官民の負担割合を見直した結果、審議会の試算額12兆3,000億円のうち公的負担額は5兆6,000億円となる。さらに、東京都による移転費用の試算額20兆1,000億円を基準にすれば、公的負担額は10兆6,000億円にものぼる。

費用はさらに増大

 審議会が試算した移転費用には、次の費用が含まれておらず、移転に必要な経費はさらに増大する。
 <広域交通網の整備>各移転先候補地で策定された新都市構想によると、審議会の試算で想定されていない広域交通網が盛り込まれており、これらを含めると移転費用はさらに増大する。
 <周辺の都市基盤整備>新都市はいくつかの小都市から構成されており、審議会ではこの小都市間の連携を想定し、そのための道路整備費用等は見込んでいる。
 しかしながら、新都市が首都として機能するためには、道路・河川・公共下水道などにおいて一体として整備することは不可欠で多額の公共投資が必要になる。その費用は約7兆1,000億になる。
 <引越し費用>移転費用とは別に2.342億〜2.869億円と推計される。


国政にマイナス
天皇の国事行為 外交にも弊害が

 天皇陛下の国事行為 天皇陛下には、憲法の定める国事に関する行為を行われ、これらの事項について閣議決定の書類に、毎回、御署名、御捺印をされるが、その数は平成12年中で約1,100件にもなった。
 また、天皇陛下は、国会開会式に毎回ご出席になるほか宮殿等で行われる行事に臨まれる。これらの行事には、主要な国会、政府関係者がほとんど出席するため、新都市から移動しなければならず、国政運営に大きな支障が出る。
 主な行事 新祝賀▽天皇誕生日祝賀▽親任式▽認証官任命式(年32回)▽勲章親授式▽信任状奉呈式(年19回)▽ご引見▽内奏・ご進講▽園遊会(春秋の2回)
 <外交>外国からの国賓・公賓が日本を訪れる場合には政府要人を訪問するとともに天皇陛下をはじめとする皇族とのご会見などもあり、新都市と東京との双方を訪れなければならない。
 国賓や公賓などの外国賓客を政府や皇室が接遇する件数は、ここ数年の平均を見ると約30件にものぼり、それだけこうした外国賓客が移動の不都合を感じることになる。

自然破壊を招く


 森林や水田、畑などは洪水や土砂崩壊を防止し、二酸化炭素を吸収したり、野鳥の生息場所となるなど様々な公益的機能を持っているが、新都心を建設すると、こうした公益的機能が損なわれることになる。
 林野庁の資料などをもとにその損失額を金額に換算すると、50年間で4,550億円〜4,650億円になる。
 失われた森林を候補地周辺に回復させるためには約6,000
億円〜約2兆3,700億円もの費用がかかる。

日本全体にマイナス 東京の防災強化なし
一極集中解消せず

 <鉄道混雑率>継続的な鉄道整備により毎年、混雑率は低下しており、平成11年には主要31路線の平均値が、東京圏の当面の目標180%となった。
 さらに国の運輸政策審議会は「現在のピーク時混雑率183%を2015年に150%にすることを目指す」としており、この答申結果にもとづいた各種路線の建設・改良が進められることで混雑解消に向かっている。
 <道路交通渋滞>首都高速中央環状線新宿線の整備で、交通渋滞が緩和され、所要時間が短縮されることにより年間1,590億円の効果がある。これは、首都移転による霞が関および永田町付近の交通量減少による時間短縮効果である年間94億円を大きく上回る。

東京の災害対応力

 <活用可能面積の減少>首相官邸をはじめとして、現在既に建て替えが進行したり、今後、予定されているもの、迎賓館のように文化的価値が高く残すことが望ましい建物財務省等が管理し、すでに売却等が予定されている土地など、移転跡地とならないものが多くあり、活用可能な面積は、旧国土庁が試算した約210ヘクタールを大きく下回り約142ヘクタールとなる。
 <偏在する移転跡地>庁舎宿舎などの移転跡地は千代田区、新宿区、港区などの都心部や、世田谷、目黒、中野など区部西部に偏在。しかし木造密集地域は区部東部にもあり、移転跡地はこれらの防災向上に役立たない。
 <広域避難場所>国の庁舎宿舎の中には、すでにその一帯が広域避難場所に指定されているものが多く、新たに広域避難場所として活用できる移転跡地は14ヘクタール。

壮大なるムダ使い

 <日本経済への影響>用地費を除いた新都市建設費(公的負担4兆1,000億円、民間負担7兆3,000億円)と、首都移転後の政府・民間の消費が全国の地域総生産に与える影響を試算すると、日本経済全体の実質GDP(国内総生産)は、2023年までの累積で9,000億円から13兆7,000億円減少する。 これは、各地域の公共事業費を削って新都市建設に集中投資した場合、移転先のGDPは増加しても、他の地域のGDPは減少することによるもの。
 <巨額のムダ>首都移転の費用と効果について、公共事業を行う際に国が行う評価方法を用いて分析した結果、いずれの移転先候補地も、効果から費用を引くとマイナスとなり、その額は4兆5,000億〜6兆3,300億円にものぼる。

不便なアクセス

 <国際空港>首都には、それにふさわしい国際空港が必要。しかし、新都市の国際空港は成田空港に比べ、諸外国とのネットワーク数、運行便数、空港へのアクセス時間のいずれにおいても不便になり首都としての機能上、大きなマイナスとなる。
 <外国からのアクセス>全国各地から新都市訪問に要する費用は、東京が首都である場合の2倍以上になり、毎年1.432億〜2.606億円増加と推計される。

都市間も不便

 <都市内交通>新都市は立法、行政、司法の各機能をいくつかの小都市に広範囲に分散配置することとしており、これらの小都市間を移動するのにかなりの時間と費用がかかり、業務の効率が低下すると懸念される。
 これに対して東京は立法、行政、司法の各機能の大半が霞が関を中心とする半径1キロ以内に立地しているため、各機能の移動はきわめて効率的に短時間で行うことができるが、新都市では各機能を小都市に分散配置するため、各機能をもつ小都市間の移動にかなりの時間と費用がかかる

新都市の負担大

 <防災>日本全国には多くの活断層が分布しており、地震に対して絶対に安全といえる場所はない。また、移転先候補地によっては、道路などの広域インフラが寸断され、新都市が孤立する危険性も否定できない。
 <警備体制>首都には、要人の警護など、首都特有の警備体制が必要で、都では手厚い警備体制を都独自の負担で維持している。新都市が建設されれば、地元自治体がそうした負担を負うことになる。
 人口1,000人当たりの警官数を見ると東京都は3・79人で全国1となっており、こうしたことからも、首都には首都特有の警備体制の必要なことがわかる。
 <新交通システム>移転先候補地によっては、小都市間の公共交通機関として新交通システムの建設を計画しているところがあるが、審議会の想定した人口や新都市への訪問者数をもとに収支計画をたてると、建設後50年間、常に累積赤字が増加する結果になり、さらなる国・地元自治体の負担増につながる。

多額の地元負担

 <移転費用>審議会が試算した移転費用のうち公的負担額約4兆4,000億円は国と地元自治体の負担を合わせたもの。
 通常の国と自治体との負担比率から地元自治体の負担額を試算すると、総額で約1兆9,000億円にもなる。
 しかし都の試算によれば移転費用は約20兆1.000億円だから、この場合の地元負担は約5兆7,000億円にものぼる。
 <社会資本維持費>新都市に整備された道路などの社会資本には維持費の管理の負担が生じる。
 審議会が設定した人口、道路整備率などにもとづいて、道路の維持管理費を試算すると、年間で67億円にものぼる。この額は、移転先候補の府県における道路の維持管理費の27〜46%にも達することになる。
 <起債の利子負担>首都移転に必要な資金を起債で調達すると、審議会で試算した移転費用に加えて利子負担が発生する。
 仮に移転費用のうちの公的負担と想定されている4兆4,000億円を全て起債で賄うと、利子負担は元金の半分の約2兆円にまで上る。

都議会の決議
首都圏の再生を

 首都移転問題については、平成2年11月の国会決議以来、国民世論の合意形成もない中で、国会において移転を前提とした審議だけが進められている状況にある。
 平成11年12月の「国会等移転審議会」の答申では、栃木・福島、岐阜・愛知、三重・畿央の3地域が移転先候補地として示された。これを受けて、衆議院の「国会等の移転に関する特別委員会」において、来年5月を目途に移転先候補地を1箇所に絞り込むための検討が行われており最近では、東京都知事をはじめ八府県の移転先候補地の知事を参考人として招致し、意見を聴取している。
 しかし「国政全般の改革」「都と一極集中の是正」「災害対応力の強化」等の首都移転の意義・効果が現実的意味を失っていると断じざるを得ない状況の中で、拙速に結論のみを求めることは、決して許されることではない。
 長引く景気低迷の中で、国家財政も地方財政もますます厳しさを増しており、20兆1,000億円(直近の都の再試算による)もの巨費を投じ、また、大規模な自然環境破壊を引き起こしてまで首都移転を行うことに、到底国民の理解が得られるとは考えられない。
 首都移転によって、我が国と首都圏の活力を共に喪失させ、国際的な地位を低下させる過ちを犯してはならない。今、求められているのは、首都圏の再生を図ることであり我が国に繁栄を取り戻すことである。
 よって、東京都議会は、首都移転の白紙撤回を強く求めるものである。
 以上、決議する。
(12月4日)

区長会の決議
地方分権の改革を

 首都移転問題に関する論議は、平成11年12月に国会等移転審議会答申がなされ、現在、衆議院の特別委員会において移転先候補地選定の審議が行われている。首都東京における基礎的自治体である特別区にとって、首都移転問題は、生活基盤を揺るがす大きな問題であるにもかかわらず、特別区民への充分な説明もなく、移転への審議が進められている状況にある。
 そもそも首都移転問題は、東京一極集中にともなうさまざまな問題の是正を主眼として起ったものであるが、その後社会経済情勢も大きく変化している。
 特に、国に都市再生本部が設置されるなど、日本経済の再生が緊急課題となっておりあわせて、行財政や地方分権などの構造改革を進めることが急務となっている。このようなときに、国民の幅広い議論もないまま、東京都の最近の再試算によれば20兆円を超えるとされる莫大な経費をかけ、また、大規模な自然環境破壊を引き起こしてまで、首都移転計画を継続することは、首都のみならず日本の活力をも失わせることになりかねない。今、求められていることは、首都東京の資産を存分に生かしながら、首都圏の国際競争力を回復させるための国際都市東京の基盤整備をはじめ、地方分権を主体として改革を積極的に押し進め、日本経済の再生と新たな繁栄を呼び起こすことである。
 特別区は、首都の中核として発展し、また、社会的・財政的負担を担ってきた。これからも首都を担う基礎的自治体であり続けることを宣言するとともに、首都移転計画に強く反対するものである。
(11月19日)