山田 「第7回 EDO ART EXPO」の開催を記念して、(株)榮太樓總本鋪相談役の細田安兵衛さんと江戸時代から受け継がれた伝統や文化、美意識などについてお話をさせて戴きます。まず、ご経歴についてお聞かせください。
細田 私は、1927(昭和2)年に現在の榮太樓總本鋪日本橋本店がある日本橋一丁目で生まれ、そこで育ちました。当時の商家では職住が一体しており家の裏手は工場で、私の勉強部屋の隣では店の丁稚が寝起きしていました。学友が遊びにくると「餡子の匂いがする」などと、からかわれたものです(笑)。
そのような生い立ちでしたから、大学卒業後は何の躊躇いもなく家業を継ぐべく入社しました。その後は1972(昭和47)年に代表取締役社長、1995(平成7)年に取締役会長、2000(平成12)年から相談役に就任し、現在に至っております。また、1985(昭和60)年には、六世安兵衛の名跡を襲名致しました。
山田 1857(安政4)年に創業した三世安兵衛氏は、「金鍔」「梅ぼ志飴」「甘名納糖」など、当代では画期的であり、今もなお愛され続けているお菓子を創製したと伺っております。
また、ご自身の著書の中では「『のれん』とは、ただ守るだけではなく、磨き育てるもの」と先人の教えを記されていらっしゃいますが。
細田 先人の仕事を正しく継承し、次世代に伝承するのは当然の事柄です。私は「味は親切にあり」を信条とし「親切に作り、親切に売る」大切さを社員に説いてまいりました。さらには、自社の利益のみを重んじるのではなく、商いをさせて戴いている地域への感謝や奉仕の肝要さも同様でしょう。街が良くなれば、結果として自社の繁栄に繋がると考えています。
粋の美意識
山田 社会や家業の発展には不断の努力無くしては語れませんが、細田さんは多方面から地域の活性化に、指導的な役割を果たされていらっしゃいます。そして、我々と共に、江戸時代から続く価値観を大切にしている ”心も身体も美しい 女性を総称した「日本橋美人」という「地域ブランド」を企画し、その事業を通して江戸から続く伝統や文化の魅力を発信しています。
細田 私は人にDNAが有るように、この地域にも先人から受継いだ「江戸」の遺伝子があると信じています。言い換えれば、長い歴史を背景に成り立ってきたこの場所こそが「江戸ブランド」を成す大切な核だと言えるでしょう。
「日本橋美人」という事業も、まだ10年足らずの産声を上げたばかりではありますが、様々な形での成長を遂げ、このように皆様のご協力を戴くことができ感謝申し上げます。
山田 「日本橋美人」の活動が発展し開催する、都心四区の連携イベント「EDO ART EXPO」は「江戸の美意識」をテーマに展開しています。我々が事業をプロデュースしていく中で、その根底には常に「粋」の美学が息づいていると感じています。
細田 おっしゃる通りです。江戸では感性が生む美意識を「粋、いなせ、あだ、洒落」などという言葉で表現していました。江戸っ子の善悪の判断は「粋」は善で「野暮」は悪であるという具合に極めて明快で、一番の野暮は、恰好だけ真似て粋がることだと私は思っています。
これは、事業や街づくりにも通じる話であり、野暮にならない価値を目指せば、自ずと粋な世界が生まれます。
山田 それは言い換えれば「一流であり、本物の世界」ということでしょうか。今後も来訪者が江戸を識り、先人の叡智に触れる機会として「EDO ART EXPO」に力を注いでまいりたいと思います。
オリンピックに向けて
細田 江戸から続く伝統や文化を守り、次世代へ承継していくのは、我々の責任であり義務とも言えます。
「EDO ART EXPO」と同時に開催している「東京都の児童・生徒による 江戸 書道展」などの有意義な試みを、2020(平成32)年の「東京オリンピック・パラリンピック」開催を見据え、アピールしていく必要があるでしょう。
また、先般、ブームになった「おもてなし」という言葉の乱用には残念に感じています。これは「もてなし」という名詞に「お」を付けた丁寧語であり、「良いおもてなしを戴いた」と使っても「客人をおもてなしする」とは言いません。
茶道には「賓主互換」という言葉があり、「客と亭主はお互いに入れ替わる」の意で、其々の立場を慮り尊敬し感謝し合うのが大切であり、「もてなしの心」に通じます。
山田 「もてなしの心」からも見える様に、豊饒で独自の価値を築いた江戸文化を、どのように訪日外国人に披露していくか、改めて考えなければなりませんね。
細田 そうですね。しかしながらハード面においても、先の東京オリンピックで名橋「日本橋」から青空が奪われ、美観が著しく損ねられた負の遺産を今回は残してはいけないと思います。
山田 日本橋の上の高速道路撤去に向けて、署名運動がスタート致しました。「EDO ART EXPO」に来訪された方々にもご支援を賜りたいと存じます。
細田 歴史的背景に培われた団結力のある土地柄に加え、多くの来訪者の皆様からのご意見も伺い、「もてなしの心」で江戸文化の素晴らしい魅力を共に国内外へ伝えていきましょう。
ロイヤルパークホテル5階にある日本料理「源氏香」からは、四季折々の美しい姿で、都会の喧騒を忘れさせてくれる庭園を望むことが出来ます。
庭園にしつらえた茶室 「耕雲亭」は、三菱の岩崎彌之助、小彌太の父子二代により設立された、かつて静嘉堂文庫(東京都世田谷区)にあった茶室「釣月庵」を模しています。
日本料理「源氏香」からは、この庭園の借景を楽しむことができます。
撮影協力:ロイヤルパークホテル
撮影: 小澤正朗
ヘアメイク・着付け・衣装:衣裳らくや